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光りに魅せられ・・・。

以前、ご紹介したインスタグラムのドバイの王子のフォロワーはその後、20人を越した。

一部本人とも思われるアカウントもあるが、何しろ新規にフォローしてくるなり、ダイレクトメッセージで唐突に話しかけてくるのだが、いずれも話し出しが上から目線。
おまけに軒並みフォロー人数が二桁程度なのだ。酷いのは十数人なんてのも在る。

そりゃそうだろう、当初は世界中からフォロー数を集めたであろうが、王子の同じアカウント名が数百も乱立していたらば、いくらなんでも皆がいぶかしがり、無視が始まっているのだ。
私も全てブロックしてしまった。

そんな中昨年秋、アメリカ軍の作戦行動で内戦状態のシリアに派兵中の女性軍曹からフォローされた。
Emma Hadlockさんという。

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画像のアップロードも少なく、フォロー・フォロワー人数も少数だった。

現地とは7時間程度の時差があり、真夜中にダイレクトメッセージが届く。

当然、返答するのは翌日以降。

「最近、どうですか?」に始まり、遅々と中身の前進の無いとりとめのない会話が数週間以上続いた。
敢えて職務の内容に踏み込んだ内容や、彼女の故郷の生活背景には立ち入らぬ程度の雑談チャットで、毎回済ませていた。


言葉少ない感じのやりとりが、自分には心地良く、仮想現実ながら惚れた・・・。
そして、この黄色人種のチビ親父が、分不相応ながら恋をして現地に会いに行き、ご本人と会った途端、身長差とワタシのインスタプロフィール写真と現実のギャップに、青い目をシロクロさせ、つくり笑顔の彼女の案内でカフェに行き、コーヒーを注文し、会話も弾まず気まずくそのまま、ワタシが会計を済ませてブルーなまま、帰途に就くまでを妄想してみた。


哀れだ・・、俺・・・・・・。


軍隊にいるような白人女性である。体格差もあり、セックスや彼女の裸体を想像するのもハナから無用であり、恋愛の妄想すら想起しなかった。

ただ青い瞳に魅かれたのだ。

ただ携帯の向こう側に軍属の彼女が存在して、真夜中に、隣でカミさんがイビキをかき寝入るベッドの中でグズグズ会話するのが楽しかった。睡魔に負けて寝落ちしても、何事もなく「ハイ、最近どうですか?」と数日後に話しかけて来る。


「Thank you for always kind words!」(いつもやさしい言葉をありがとう!)
携帯の待ち受け画面をカミさんから彼女のこの写真に変えてみた。


仕事はキツイ、という。
シリアでの生活はかなり難しく、安全に生きる事のみを常に心がけている、という。
年末のクリスマスまでどうしていられるかも自分には想像出来ないと。


季節は晩秋から初冬に移り替わり、全国的に平均気温がぐっと下がり、国内で初雪を観測した晩、その様子をメールで告げた。


シリアも同様に寒いという。
「Thank you ! I sleep well warm enough 」」(ありがとう!十分暖かく眠ります)


食事や睡眠は十分に摂れているのか尋ねると、それは自分のシフトと状況に依存する事だ、という。
心身共に苦労が絶えず、複雑だ、とも・・・。


「That will cost me money to take my vacation.
It is not my official vacation period, but I can not access my account from here.
It is necessary for someone to pay emergency job permission externally.」



「それは私が休暇を取るためにお金を要することになります。
それは私の公式休暇期間ではなく、私はここから私の口座にアクセスすることができません。
誰かが緊急離職許可を外部から支払う必要があります。」
(原文Google自動翻訳まま)



とうとう、始まった・・・・。
私の代理人の口座にUS1500ドル(日本円約17万円)を払って欲しい、という。
即答しないで居ると、「私の話を聴いている?」と・・・。



速攻ブロック。
馬鹿まる出し。




今年もどうか宜しくお願いします。
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広島、島根、マニラ、ドバイ・・・。

カミさんの姪の結婚式に出席した事は前回書いた。

4月に新郎側の親族が集い広島の教会で、7月に新婦側の親族が集い島根の日本庭園でそれぞれに楽しく、久しく集った。
我ながら、怠惰なテレビマン生活を延々と過ごした結果、自分自身の親類縁者には、ほとほと失礼に失礼を重ねて生きてきた。
稼いだカネは、湯水のように浪費しまくり、一円たりとも周囲に使った事など無かった。9歳離れた妹にすら、誕生日に何かしてやった記憶も無い。ひたすら疲弊しつつ、浪費しつつ、人間関係を破壊しつつ・・・。

とは言っても、たった一度だけ、その妹の20代のとある誕生日(記憶がもはや曖昧)に、仕事先から唐突に電話して、東京・新宿駅西口駅に、父、妹各々呼び出して、駅地下の花屋でお祝いのブーケを買い求め、新宿副都心の高層ホテル最上階の夜景の素晴らしいレストランで、食事会を設けた事が唯一の記憶・・。

たった親子三人の宴は、さして盛り上がりもせず、若いワタシは気の利いた言葉を妹に掛けもせず、席後地下鉄で帰れば12分の距離を、見栄を張って渋滞する青梅街道をタクシーで帰宅した?ように記憶する。

気まずかった。

ここへ記すべきかどうか逡巡したが、その広島・島根での宴の「記念集合写真」が何故か、何故か未だに届かない。

教会の大聖堂と真夏炎天下の日本庭園でのそれぞれの集合写真・・。
7月の島根での挙式直後の帰り際、カミさんが、直接新婦から「写真送るから、楽しみに待っててネ!」とわざわざ言付けたという。

何か遭ったのだろうか・・・。

ワタシらの気に及ばぬご不快な点が各々の式の間にでも起きたかしら?
それなりに新郎のご両親にも毎回、カミさんと共にご挨拶申し上げ、それぞれ式後の運転もあるので、大好きなお酒は、乾杯ですら控えた・・。

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礼服は直前にサイズの合わないのを知り、慌ててAEONに行き、姪に恥を掻かせる訳にもゆかず一番値の張るモノをあつらえた。
カミさんとて彼女の姉さんが、影で笑われては気の毒と、10万するスーツをカミさんを説得した上で見立てた。

勿論、ご祝儀も配慮した。

何が合ったのだろうか・・。

気まずい。


アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプ氏が、政治政局信条や言論批判にTwitterを活用するようになり、運用がすっかり定着した。

比べるまでもなく、あらゆる面で“発信力”の劣るヤメディレクターではあるが、Facebookなるモノのしがらみが非常に面倒になって再び利用を休止した。
正体を明白にした上で、あれやこれや関わる事の面倒さといったら無い。

かつての仕事関係やら、創価だ公明だ与党市議会議員だ、共産党総がかり行動だ、カミさんの故郷の大量の親戚のキチガイじみた投稿回数だ、まことにうんざりである。

自分のように政治信条も強烈なものが既に無く、信仰も持たず、安部ヤメロコールに血も滾らず、家業やビジネスにSNSを活用している友人知人のサロン開業やら新規オープンやら・・。

立ち回り上、どうなんだろう・・、とりわけ健康生活・健康文化の啓蒙活動の乏しいカミさんの国の親戚たちの真っ黒に日焼けして、偏食と高血圧症、糖尿病などでパンパンに肥満化したアゴの消えた婦人・青年と、同じく偏食生活で痩せたTシャツに短パンの姿でいる老人・少年少女たちが、新年です、バカンス旅行です、飲み会です、クリスマスです、と膨大な画像を送られて見ても、大半は夜の照明で、部屋を明るく保つ文化が無いので極端に、異常に薄暗く、たとえ部屋が新築で間取りが広くても、蛍光灯ランプ一灯みたいなのが当たり前な画像を長年、拝見してきたが・・、皆、代り映えがしない。

いつまでもいつまでも。

テレビのバラエティー番組では、未だに白短パンにやはりTシャツ姿で腰まで真っ黒な髪を一様になびかせたロングヘアー女性ダンサーが4人くらい並んで踊るし、カラオケのコンテストショウでは誰もがホイットニーヒューストンを絶叫する。
こんな状態が結婚して二十数年を経て尚、かの国では日常茶飯事。
金持ちの軒先だろうが、貧乏者の居間だろうが、ショッピングセンターのフードコートだろうが、みーんな揃いも揃って中国製の白い安価なテーブルセットに腰掛けてほほ笑む。

マニラの人たちに、子供を持たずに暮らすワタシら貧乏共稼ぎ夫婦が、毎週末外食をし、飽食状態のこの国の安価なファミリーレストランでの食事の様子を繰り返しFacebookにアップする事も、彼らに対しては要らぬ誤解を生むのだとも気付いた。

そもそもFacebookを休止する事自体、親族に対して
気まずいが。



Instagramはその辺、気楽で大変良い。
世界のあらゆる社会階層の人々と無数に繋がりが持てる。
上記の様な理由からFacebookのアカウントは全てブロック、或いは切り離した。
東欧、南米、北米、上海、香港、ソウル、シンガポール・・様々な日常・非日常生活や観光地、加えて美人と巡り合うのもジジイにはとてもスリリングだ。
Facebookの縛りには無い、圧倒的な解放感だ。フォーローやメッセージの反響もスピーディーだ。

こちらからフォローを仕掛けたワケでは無いのだが、その中にハムダン王子がいた。

今から5日ホド前か?最初はドキリとしたが、調べればInstagramはやっている。
アカウント名は「princehamdan00033366」。ところがそれとほとんど同時に「₋prince₋hamdan」がフォーローしてきた。
その翌日、今度は「princehamadanof」が、そしておととい、「fazza₋mohammed₋ham」がフォローし話しかけて来る。
似たアカウント名が、ざっと180以上も存在し、なりすましなのやら皆、顔もよく似ていたりして素人目には判別が付かない。

彼らの所持する携帯あるいはノートPCのInstagramに“おすすめ”としてワタシの顔が同時に表示されたのだろう。
ほぼ同時刻に3人のハムダン王子から話しかけられた時は、さすがに狼狽した。
英語で挨拶を受け、質問が来る。

何をしているのか?結婚しているのか?神を信じるのか?チャリティに興味があるか?
あなたはロイヤルファミリーの一員だ、あなたの国に孤児院を作りたい、そしてコントロールしたい・・。

全文コピーしてGoogleに切り替えペーストして理解して、日本語入力に切り替えて自動翻訳、Instagramに切り替えて該当する王子のメール欄にペースト、更に王子から質問の延々繰り返しだ。

この煩雑な会話作業の中で、会話に最後に参加してきた王子に、さすがにキレた。
「今、貴方を含めて三人の王子と話しています!貴方の財力をもってして180以上のアカウントを正統なアカウントのみに切り替えるべきです!」と申し上げたらば、「あなたはここにいる多くの人が私の名前と私のプロフィール画像を使用していることを知っているので、私はそれらを大丈夫に止めるためにここにいるのです。」(翻訳まま)って、もう何がなんだか・・・
Screenshot_20171007-171043_convert_20171007172500.png

ドバイ首長国 ムハンマド・ビン=ラーシド・アール=マクトゥームの次男 で
ハムダン・ビン=ラーシド・アール=マクトゥーム皇太子


自動翻訳は気まずくなる。


ここで一句・・・。
自らの 低学力に 泣ける秋 ヤメⅮ

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聞こえねーわ・・・・・。

さて、皆さん、如何ですか?ってナニが?
って、あーた、もー、一年の半分をトックニ折り返して、最早、秋に向かいつつある・・コノ焦り・・・。
まぁ、ここ暫らくは“アジー”ですがなぁ・・・。

実の処、自身の血圧が高止まり気味で、昨年の秋口に、会社現場をムリ云って異動させていただいた。
(ありがたいコトに)給与条件を破格に引き上げるから、ナントか慰留して欲しい、と懇願されたが、「健康」には替えられない・・。

急いて、わざわざビョーキに“王手”を賭ける必要も無い・・、倒れれば、誰かが手厚く、助け舟を出してくれるワケでも無いのだ。


丁重にお断りした。


新しい現場では、定年退職者の送別会に合わせて、歓迎会にも呼んで戴き楽しい時間を過ごした。
しかも、驚いたコトに十数年前、共に仕事をした、とある仲間とも再会する事に為った。


歳を取るってのは、“実害”も多いもんだ、ってつくづく思うように為った。
以前、液晶テレビの32吋サイズのEPG画面が読み辛く成って、仕方なく42吋に買い換えたお話をしたが、とうとう、此れも辛く成ってしまった・・・。

“眼”にキチャッタのだなぁ。
そのうち、PC画面の距離でも、モタツクのかなぁ・・・。


で、そんな中、あ・・・、れ、“耳”までダメかや
と、思うCMがチラホラと・・・。

1930年(昭和5年)岐阜県創業、社員数1万2千人の『西濃運輸』。
「CM音声」の具合がヨロシクナイ。

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(テレビ画面より)

大都市圏の関東・関西では、広告出稿費が高過ぎて手が出せないのだろう、現在、中京圏各局のみでオンエアされているようだが、「笑顔の西濃マン」の面々が静止画で次々と増殖し、日本地図にオーバー・ラップして会社ロゴ+サウンドロゴでオシマイのパターン。
それまで順調に聴こえていたCM音声が、このCMがはじまった途端、モゴモゴと歌詞内容の聴こえない唄が有り、アナウンス+♪カンガルウーのセイノーと為る。

歌詞内容の聴こえぬ唄は、現地の音楽グループの曲なのだが、どうだろう・・・。

『魔法陣』なる、アコギ中心の5人編成で岐阜・名古屋を中心に活動する、いわゆる“自称オヤジバンド”が歌うオリジナル楽曲。

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(Youtubeより)

「Youtube」での再生等、PC上なら、テレビ音声よりは、多少、歌詞が聞き取り易く明瞭度も或る程度、有るのだが、オンエアでは先のように、CM自体の音量がガクっと落ちた所に、ナレーションとサウンドロゴが入る・・・・。
「Youtube」には、幾曲もの自主制作PVが存在するが、この曲も含め、PV中に若干のノートPCと民生品音声ミキサー卓が登場する。
レコーディングは、パーソナルレコーディングでデスクトップPCが収録音源か。

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(Youtubeより)

♪カンガルうーのセイノーは、女優「三田佳子」氏の頃からのアナログ音源で、整音済み。
こちらはキチンと厚みが有るのに対して、最新のデジタル・パーソナルレコーディングBGMは“音”がスカスカ・モゴモゴ・・。



ドイツ西部の経済都市 デュッセルドルフに本社の在る世界最大級ホテル検索サイト 『トリバゴ』。
公式HPを訪れると、怪しげな中華書体っぽい、画面が登場し、奇っ怪である・・。

CMのオンエア開始以来、流暢な日本語を話す金髪美女が、ネットで好評中。

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(いずれもYoutubeより)

上段の画面は、この撮影スタジオでの同時録音、喋り出し冒頭に彼女の靴のヒールのノイズが消されず残って居る。
下段はそれ以前のオンエア分で男声ナレーションバージョン。この男声の声、妙なアナウンス・ブースの“鳴き”が入るオカシナシロモノ。吸音環境が不完全だ。

この外人女性のバージョンが行楽シーズンの現在もオンエア中だが、こちらも先の「セイノー」同様に喋ってる内容が、くぐもって、明瞭度が低く、何を云っているか聴き辛い。
当然、前後の他の企業のCMとの間に並ぶと、ガクンと音量が落ちるのだ・・・。
WEBの「Youtube」上では、しっかり聴こえるのに、“音”がスカスカ・モゴモゴ・・。


日本の事業者・広告主が広告代理店を通してCMを民放で打つ場合、その映像や音声素材は、一般社団法人「日本民間放送連盟」が規定する 『テレビCM素材搬入基準』という規則に従って製作されねばならない。

この狭小な国土にテレビ・ラジオあわせて200を越える「放送局」が乱立する中、経営最大の資源となる「コマーシャル」を収録したVTRテープや素材メディアの完全互換納入を広告主に確約させる基幹フォーマットだ。
テレビの平成23年以降の放送の完全デジタル化移行完了で、旧タイプのカセット方式や旧画質4対3(SD)画面の素材では、局側は、CM素材を受け取らない。

地方の方は、よく見かけるでしょうが、原資の乏しい広告主が、4対3画面の古い、お馴染みのCM素材を両端の切れたまんま、16対9画面で、“中身”を変えず放送しているのは、全てデジタルHDにアップコンバートされているモノ。

映像から“新規に撮り直す予算”が無いのだ。

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(http://www.sales-ntv.com/jissen/onair_2.htmlより)

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(テレビCM素材搬入基準2015年7月改訂版(確定).pdfより)

『西濃運輸』も 『トリバゴ』も、詳細な製作データが無いノデ、推測の域を出ないのだが、いずれも映像の音質管理上、「MA(マルチオーディオ)」と呼ばれる、重要な整音工程を、軽く纏めてしまった“空気”が有る。

MAスタジオ作業と、PC・デスクトップ上のヒアリングは問題無く、放送局納品の技術的基準・規格を満たしていても、オンエアの、デジタルテレビ受像機のスピーカーでは、両素材ともに再生の“インパクト”が劣るのだ。
少なくとも、我が家の液晶画面下に高音質の独立したスピーカーグリルを持つ、シャープの亀山モデルと、松下のアクトビラ3Dで聴く限りは、かなり“痩せた音”である事は間違い無い。

『西濃』のミュージシャンの方々の音源は自主録音で、Youtubeを拝見する限りにおいては、歌唱に僅かに“ゆらぎ”が有る。メロディラインも“フワッ”っとしたのが持ち味の様で“詞”がもともと聞こえ難い。
一方の『トリバゴ』の美女、Natalie Emmons 「ナタリー・エモンズ」氏は、歌唱力も在り、声質も一見明晰そうなイメージだが、声優・女優、ナレーターの様な“滑舌”や“抑揚”正確さが曖昧だ。

低予算、故の整音作業に、スタンダード感が無い。
辛口ながら制作現場の演出家や、音声工程のエンジニアの“仕事”は適正だったのだろうか?
両者ともに“ミスキャスト”であったり、“整音ノウハウ”の経験不足であったり・・・。


毎日、あらゆる地域で「スポット枠」を多額で買い、オンエアを繰り返すCMの、肝心の“音”が不明瞭・・・。
以前にもこのブログで書いたが,“安物制作のゼニ失い”。


テレビカメラも軽量安価に為った代わりに、プロのカメラマンでは無くADやディレクターが回し、手ブレ・ピンぼけが増えた。

デスクトップソフトの大革新により、オーケストラや生バンドも使わずに、誰でも大編成の音楽作曲が可能に成った。
タマゲタのは、“音符の読めない”作曲家センセーマデ登場し、大作映画に“キョク”をつけていらっしゃる・・。

設備投資に数億円単位を要し、専任の高度な技術者を必要としたビデオ編集室ですら、数万円払えば、数秒で複雑な特殊効果をこなすデスクトップ編集が主流に成った。


速い、安い、スカスカ、すか?
デジスカ大国ニッポン。

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とどまる、事・・・。

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自宅前の公園
桜咲く季節、もう関東関西・中部の平野部では、そろそろ見納めか・・・。
久々の土曜休み、居ても立ってもいられず、近隣の城跡公園に花見に出掛けた。


3月は土曜日休日出勤が続き、結構、疲れが後を引いた・・。もう、若くは無い。


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テレビ画面より
BS朝日 『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像 森喜朗×末延吉正』。

2020年、安倍総理がフクイチ原発の放射能は完全に、統制が執れている、とプレゼンテーションしてしまい、開催が決定してしまった『東京五輪』。

チョット前、“数々の発言”がマスメディアに取り沙汰され曲折解釈され、ご当人も翻弄された「森 元総理」への五輪招致舞台裏インタビュー。

グラフィックス1春その9
グラフィックス1春その10
いずれもテレビ画面より

一方の聞き手、「末延吉正」氏は安倍総理と祖父の時代から親交の深い、元テレビ朝日政治部長。政治ジャーナリスト。
東海大をはじめ教授・講師を歴任する61歳。

わたしが報道局報道取材部に在籍の頃から、自民党の担当であった。


まだ、同局『ニュースステーション』が放送開始前だと記憶するが、自民党の“夏季研修会”か“派閥の勉強会”で、軽井沢だか箱根の「プリンスホテル」に同行取材した事が在った・・・。(飲食は全て自民党持ち)



ここで一泊する事に成るのだが、何がどういうワケなのか、もう記憶に無いのだが、当時政治部記者で在った「末延」氏が、このワタシとホテルの同じ部屋に為っていた。

誰が“部屋割り”をしたのだろう・・。

フツー、テレビロケなら、役者タレントらと、制作プロデューサーやディレクターは別部屋、ワタシラ技術屋はカメラマンとその他ヒトククリなのだが・・。
収録済みのVTRを部屋でチェックでもする為にワタシと相部屋だったのかなぁ・・、記憶が曖昧だ。

広いツインルームのベッtドに腰掛ける「末延」氏に、若く、おバカ者なワタシは、どういう経緯でか、自分の母は「創価学会員」で『聖教新聞』の配達員を10年間続け、“配達を卒業”した翌朝に突然死したコトを話しした・・・。


“政治記者”に駆け出しの“ビデオエンジニア”が、昔の事とは云え、「創価」の」話など持ち出して、まったく馬鹿丸出しである。


今、思い出しても イタイ。

バブル経済前夜の事だ・・・。



唐突だが、思うに、バブル経済期には都心や湾岸に、スチール写真専用のスタジオが数多く建設されたものだ。


テレビ番組や産業用PVのビデオ撮影には、大抵の場合、音声の同時録音が必要に為る事が多いが、利用ニーズの最も多い、スチール写真専用のスタジオは、その設計上、床・天井部分に吸音材処理が無い。

例えばタレントを連れて来て、そこでセリフを喋らせると、固い床や壁に声が乱反射しまくり、聴き取り難い音に為る。

そこで明瞭な音の収録が可能な、床と壁天井に吸音処理を施した映像・音声の同時録音可能な“同録スタジオ”の出番なのだが、建坪がデカク、レンタル料金が、スチールスタジオに較べ相当高額だ。

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https://www2.edu.ipa.go.jp/スチール写真専用スタジオ

かなり以前から、制作費に余裕の無い、東京ローカルも含む地域限定のテレビCMには、この手の同時録音機能の無いスチール写真スタジオで収録された、音声状態の非常に聴き辛いCMが多い。
ワタシが現役ディレクターの当時から、今現在に続くまで、延々かまわず電波に乗り続けているのを、本当に奇妙に思う・・。

CM映像そのものを安い制作費で仕上げ、いざオンエアに成ると、またまた出稿枠の安い時間帯を買う。(多くの人が決して視聴しない)
しかし、そのVTRに収録された音声は、購入動機と為る宣伝上最も重要な、キャッチ・フレーズ、或いは商品名連呼する訳だが、これが明瞭で無い、ナニを云って居るのかスタジオの反響で判らない作品が多々ある・・・。

後処理工程で、音声のみを録り足して修正も掛けられるのに、それすらもしようとはしない・・。予算が無いのだ。

地方に行けば往くほど、商業用写真の小規模スタジオはあれど、そうした同時録音可能なスタジオの施工ニーズが乏しく、ローカル局の本設スタジオ位しか設備的に皆無なので、このような質の悪いCM制作環境が、この先も続くのだ・・。


さてこの、「末延吉正」氏、わたしの記憶では当時、テレビ朝日のニュースアナウンサーで在った「野崎由美子」氏と、後にご結婚された筈、と記憶しているのだが、お二人の各々の経歴を見る限り、婚姻の事実は記録から省かれてしまっている。


「野崎」氏とは、テレビ朝日『ANN 首都圏レーダー』という夕方の報道新番組で、何度か取材をご一緒させて戴いた・・。


テレビ朝日退社後に国際基督教大学修士課程、米国・コロンビア大学、タイ・チュラロンコーン大学修士課程を修了し、いずれも学位取得の超才女。
テレ朝退社後の今尚、アナウンサー輩出の名門「テレビ朝日 アスクマネージメント」なる社に籍を置き、国際的イベント・セミナー等催事の司会業務をこなす。
だが、近年の活躍は、もっぱらライブハウス中心の「シャンソン歌手」活動に在る様だ。

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USTREAM画面より

東京・麹町の一等地に「麹町スタジオ」なる写真撮影用のスタジオが在る。

この建屋の最上階に、インテリア完備のハウススタジオをこしらえたものの、稼動率が低いのだろうか、過去、ストリーミング番組配信専用スタジオに転用していた。

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USTREAM画面より

この「野崎」氏は、このスタジオから、不定期と思われるが、ご自分の名前を冠にした番組、『野崎由美子のうたはともだち』をUSTREAM配信している。


とどまる、とどまり続けるコトの、難しさ、危うさ・・。


「麹町ワールドスタジオ」なるアカウント名で、ここから、NPO法人代表やら、何々コンサルタントやら無名の“出たがり”の方々が、東京・紀尾井町に登記の在る、資本金一千万円の経営コンサルトの持つ人脈をベースに、情報発信を実施している、が・・・・、ここ数年、USTREAMでの配信実績は、殆ど皆無の休眠状態・・・。
残念ながら、上手くいっていない。

オーナーの人脈啓蒙による情報発信企画は、意欲的では在るものの、その時代ニーズも、ポテンシャルも、資金的にも、長続きせぬビジネスモデルだったようだ・・。


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http://www.ustream.tv/channel/kwstudio
デジタルコンテンツ制作者の為の安価な輸入機材と業務用カメラ+三脚、これで放送局(自称)の出来上がり・・。


才女が、気の毒なハナシである・・・、余計なお世話か・・・。


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グラフィックス1春その1
いずれもテレビ画面より

BS「スカパー!」『ダラケ!お金を払ってでも見たいクイズ』。

「スカパー!」は、あほかーとは、このブログでずっとお題目にしている事だが、もう、屑なのは間違いない・・。

オッパイ、ホームレス、オカマ、やくざ、シャブ・・・・。
“地上波”では、絶対、出来ない企画シリーズを、この「千原ジュニア」氏と「田村 淳」氏の企画も含め、鳴り物入りでオンエアしているが、企画のラインナップを見る限り、構成作家、男性製作者視点のみの“性的欲求”を満たす為の、屑で幼稚なプランの、オンパレードだ・・・。



お目出度い。


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いずれもテレビ画面より


年度毎、数億円の維持費の必要な「衛星中継器」による、BS番組制作がこのレベル。
広告代理店『電通』の過剰関与を受けつつも、善良公正な日本式護送船団報道に、ツマラヌ圧力を掛けるならば、こんなモノこそ、“停波”扱いにすれば良い。

どうせなら、東日本、九州を中心に放射能測定の概況や速報番組、被爆食品群の実態解明、品目ごとの被爆情報、水源汚染の実態など、『地上波で、絶対やれない』番組づくりで、“今の時代”に必要とされる情報、「スカパー!」だから出来る企画は、他に巷にいくらでもある筈・・・。

性転換しないホモセクシャルに、収録スタジオで、陰茎を露出させ、“自慰行為”の中継をする番組が、BSのゴールデンタイムに堂々オンエアされるコトが、どれほど、大切なのか
素晴らしいのか 

楽しいカイ?若いプロデューサーさん、ディレクターさん、編成局長さんよ・・・。
オッパイ、ホームレス、オカマ、やくざ、シャブ・・・・。

 
この“程度”にとどめる、しかムリすか


他に、やるべき番組を、企画出来ないかい?
「スカパー!」あほかー!またしても決定!!

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変わるもの、変わらないもの、変えられないもの・・・。

さて日付は恐ろしい勢いで2月が終わろうとしているのだ・・・、と書き出したまま、記事を放置してたら3月になっちゃった
うむむむ・・・・、この間大晦日だったのに、もう・・。

日頃、自宅の郵便ポストには、さまざまなチラシが投函されてうんざりする。
「県民共済」「アオキーズピザ」「引越し」「便利屋」、捨てるのに困るのが「水漏れ水道工事屋」のマグネットプレート。
隣近所のお宅は集合ポストと玄関ポストにペタペタ貼って、大いに美観を損ねてる。ビンボー臭いなァ・・・。

で、続くのはとある「老人介護デイサービス」のチラシ・・。
ナント、自社のデイサービス拠点で働くボランティアの募集
グラフィックス1放射1


 「人生の先輩と一緒に歌や音楽、料理やゲームをして交流しませんか?」と謳い出し・・・。


紹介文の最初のほうこそ、レクリエーション参加、将棋、麻雀、囲碁折り紙、と在るが、最後のほうは、庭木の手入れ、野菜栽培、散歩付き添い、送迎、掃除、洗濯・・・、って、オイオイ、馬鹿か
馬鹿です。
この地方10箇所のデイサービス拠点を選んで、来いだと・・・。

しかも無資格、未経験の作業者を「応募OK」としながら、資格所持条件の有無の明示無しで介護職員月24万、看護士時給1500円、と見る者を混乱させる表記のチラシがもう1枚。
「質」が悪い、「筋」が悪いのは、チラシに募集する介護拠点の住所表記は在るが、肝心の運営法人名と責任者氏名や登記所在地の表記が一切無く、闇金融のようにフリーダイヤル番号のみしか書かれていない点・・・。

調べたら、北海道から沖縄の要所でこの介護ビジネスと、人材派遣業、警備業プラス中古車販売業という、まったく「グレー」な業態を主幹とするそっち系のカイシャ。
社長のフェイスブックには、水素水供給器設置とピンはねで得た利益で購入した、高級外車画像のオンパレード
もう、屑です・・・。ボランティアに名を借りて、なんだかんだタダ乗りさせる企業。

業態を“変えても、変わらない”胡散臭さ。


“屑”、といえば、毎秒拡散する『放射能』で呼気被爆させ、その健康被害予防を一向に『広報』する気の無い、政府、関係各省庁と密接に連携組織化された巨大広告代理店『電通』と、その支配下で、手も足も出ないテレビ放送各局。

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テレビ画面より

よみうりテレビ、『ウェークアップ!ぷらす』『辛坊治朗』氏が、震災特集でフクイチ建屋内からリポート。
昭和のむかし、系列の『ズームイン!朝』で大阪ネタ枠に登場してた頃から、このキツネ目の容姿がテレビ向きでナイなぁ、と思い嫌いなキャスターだった・・。(ワタシのツラの事は置いといて)

関西を活動拠点にされているが、ウィキに依れば埼玉在住の中学時代、観ていたメキシコ映画の放映が、ラスト15分で停電で寸断。
物語の結末が判らなくなり、TBSに電話した所、丁寧にエンディングを教えられ、大感激したコトが、テレビ界を目指すキッカケだという。
大学の客員教授、報道解説委員等重職を歴任し、書籍を多数執筆、なかでも震災前の2011年刊行の京都大学原子炉実験所副所長とのインタビュー構成による『2時間でいまがわかる! 放射能の真実!』は賛否両論の著・・。

防護マスクの画像が続くが、こちらは『関口 宏』氏、TBS『サンデーモーニング』。
1987年(昭和62)スタートの長寿番組。
ご本人自ら建屋に赴きリポート。“メルトスルー”なる炉心溶融の最新解析と、除染土の福島県内たらい回しを追跡。
完全崩壊した原子炉内の“燃料デブリ”の今後の取り扱いを巡る見解対立に言及。

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テレビ画面より

こちらは、震災事故当日、放射能を避ける為の曖昧な“情報”で逃げながら、返って大量の被爆をさせてしまった軌跡を追う、NHK『NHKスペシャル 原発避難 七日間の記録』。
福島県浪江町在住の避難者の「浪江町 災害時行動記録」の膨大な聞き取り記録・・・。
その個人情報をもとに携帯電話GPS、車載GPSの移動データを視覚化。
それと連動して、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(System for Prediction of Environmental Emergency Dose Information)における風向データを重ね合わせ図式化した。

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テレビ画面より

行政と放射能情報を握る国の機関の連絡網が、震災により崩壊・混乱し、多くの子供たちを最も“被爆線量”の強いタイミングの中、その風下に30分で移動出来る距離を、7時間もの避難渋滞で被爆させた事実を見せ付ける・・。

テレビ朝日『報道ステーション』。
“甲状腺癌と原発事故”の因果関係に迫る。
事故後続けられている、検診のデータの取り扱いを巡る専門家間の意見の食い違い、微妙なニュアンスで濁す“報告書”の矛盾を、数学者や
30年前のチェルノブイリ原発事故の検診医や被曝者のコメントを交えて多角的な検証・・・。

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テレビ画面より

日々、癌発症の病魔に立ち向かう方、発症者を子にもつ親御さん方の“生きる希望”となる、報告・提言・啓蒙の必要性を訴え結んだ・・・。

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テレビ画面より

『管 直人』元首相の行動を軸に、震災の直後の『東京電力』事故現場指揮官と、官邸の間の軋轢、4日間の生死に関わるパワーゲームを大掛かりな“再現ドラマ”と、関係者証言で多角構成した、TBS『NEWS23 原発事故5年 東日本壊滅の危機』。

3月12日の1号機爆発に続き、14日の3号機爆発・・・。

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テレビ画面より

有り得ない“全電源喪失”と余震、相次ぐ発電機の“水素爆発”は、これ以上連鎖ならば、総員退避となり、手が付けられない最悪の事態に成る。
もし、そうなれば、福島県域のみならず、遠く250キロ半径に含まれる首都東京も緊急避難域と成る・・・。

テレビ画面より
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あらゆる部門の関係者、責任者、担当者は、本来、人々の命を互いに護り、支え合うべき局面で、余りにもインパクトの過ぎる、この、「人類史上最悪の原子力発電所の連続爆発汚染」に、皆それぞれの立場で、一様に“口を濁し”た・・・。

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いずれもテレビ画面より

5年経って、明らかになるもの、5年経て今尚、進行中の事態、50年後でも向き合わなければならない“汚染被爆”の事実。
私等日本人は、後世にとんでもない“無限の汚物”を用意してしまったようだ・・。

日本の放送事業者、新聞社、出版社各社には、公共、民間問わず、広告代理店『電通』が、長く、深く根を張り、網を張りめぐらし、「物の売れなくなる状況」「利権をごっそり漁れなくなる状況」を、絶対創出させない。

メディア各社の方々には、いろいろとご苦労はあろうが、どうか、“屈しない技”を身に着け、今回の様々な企画のように、見えない、臭わない放射能への注意喚起・啓蒙を、あらゆる機会に地道にお願いしたい・・・。
いたずらに不安感や恐怖を扇動した、昭和のテレビ番組制作を知るワタシには、この震災5年後の、慎重に事実を積み上げ、構成した各社の製作には、頭が下がる。

流れるのは“一瞬”で制作には、長い間、大変な思いをするものだ・・。
視聴者は知りゃあしない・・。

『フクイチ』周辺では、頻繁に、低層に濃霧が発生していると言う・・。
関東・東京でも、昨年秋から猛烈な濃霧がたびたび発生している。
呼吸でも“被曝”する・・。心筋梗塞を発症させる。
首都圏の通勤電車では、救急搬送が常態化。
結婚直後、「埼京線」で長距離通勤したものだが、人身事故に限り、「山の手線」「京浜東北線」で頻繁に在った。

復興支援を名目に、被災地の幹線国道が整備され、“放射線被曝”した飼料、食品物産が、津津浦浦に流通する・・。
クルマのタイヤにも付着して、遠方に移動する。

「JA(昔の全農)」が“汚染米”を外装袋を全く別産地名に詰め替え流通済み、との話しも在った。
「全農」は静岡県の伊豆高原で、四国だか近畿圏の段ボール箱に地元産の蜜柑を、ローラーの上で詰める作業を、中断した状態で、ワタシ自身、中学生の当時、この『目』で見た。
何をするか、判らない巨大組織だ。保守勢力の根強い“選挙利権”が密接に正義を羽交い絞めにしてしまう・・・。
『票』は“カネ”で買われる・・。都市部の商店街連合も同じ・・。刑事摘発が極端に“少ない”。

ワタシの住む地方の「AEON」の生鮮食品売り場には、「茨城県」産のレタスが大量に並ぶが、いつまでも、誰も、買おうとはしない。
しないが、毎週、毎週、新鮮な「茨城県」産が並ぶ・・・。何故
いろんな“事”いちいちに、“商業”が絡み、“保守中道勢力の選挙利権”が絡み、“広告代理店”が絡む。


・・あと何年を要するのだ?
こうした“疑念”を払拭してくれる番組づくりが・・。



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変わるもの、変わらないもの、変えられないもの・・・。






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いきなり・・・。


お隣りさんが引越しした。
突然の事だ。
夜中の3時、ゴトン、ドスン、とやたら騒がしかった、と夜勤明けの私にカミサンが云っていた翌日、昼間見遣ると窓にカーテンも無い。
エアコンのホースも無い。

「やっぱ、出たんだ。」

資本金3000万円で、この地方に約30店舗の飲食チェーン店を持つ、新興企業の部長だった人。

会社公式HPの彼の自己紹介欄の特技に「女性の扱い」、とある。ふざけた奴だ。
社員400人の平均年齢27歳程度と思うが、取引銀行や商売相手も充分に閲覧が予想されるHPで「女の扱い」・・。
社長も若いから、ふざけてんのか
ご本人が自己紹介に“押す”だけあって、ある日、ある期間、店舗のロゴデザインを施した三社札ステッカーを車体後部に貼った、住人の物では無い洒落た原付バイクが駐輪するように為り、閉店後の毎夜、階段を駆け上がり、ドタン、バタン“音”がしてヒト騒ぎあった・・。

昼夜問わず、階段を駆け上り下りし、その“音”にも悩まされた。
走らなくてもイイのに、走る。
元「佐川マン」だったのだろうか

ある時、駐車場に30程のさまざまな種類のあきらかに業務用の鍵の束が落ちていた。
一部店舗名がテプラされていたので、その部長の落し物とスグに察しがつき、店舗へ電話を入れ、ポストへ投函しておいた。
期待もしないが、その後、顔を合わせても、礼の言葉ひとつ(イヤ、半額券や無料券も要らないデス)も無い。

これには呆れた・・。

「この間、すいませんでした、助かりました・・。」このひと言。

彼の社の行動指針には『挨拶をもって道を開き・・』とあり、スタッフの人間力向上に力を入れている、という。

挨拶もろくに出来ず、深夜近所の目を憚る事無く、室内でインパクト・ドリルで作業し、階段をドタドタ駆け下り、公言通り、バイト女性スタッフを深夜連れ込み、落し物の礼ひとつ云えず、挙句、駐車がコレ。
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(EXCELファイルより)4分割左上画面の右がワタシのクルマ。

鮮明な画像は全て廃棄してしまって、この苦情処理の為に、不動産屋向けに提出した“紙”しか手元に残っていないが、ご自慢の『レクサス』を頻繁に思い切り幅寄せされて、月に数回、乗る事も、降りる事も出来ない事が度々有った。
ドア長が長い為、ご自分が降りる側の余地は残すのだが、真夜中の帰宅時、幅広の運転席側からは、左の余地が見難いとみえて、早朝の出勤で出庫する事が出来ず、ナンテこんな状態が約2年間続いた。

座席に飲酒の痕跡もあったが、株式上場を猛烈に目指す組織内の、“部長職の憔悴も”みてとれた。

不動産、と云えば相次ぐ不況波を乗り越えて、生き残った賃貸不動産屋のCMの多くには、“いきなり感”の多い企画が目に付くなァ・・・。

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YOUTUBEより
資本金48億円、昭和49年(1976)愛知県・刈谷市創業の『東建コーポレーション』。
毎年春、男子プロゴルフトーナメントのジャパンゴルフツアー開幕戦を自社コースで主催しているが、TVCMの製作ブレーンの企画力、企業スタンスは最悪である。
何処の誰さんが、御歳64歳の俳優『中村雅俊』氏の3分割画面を“いきなり”見せられて、喜ぶのだろう
しかも、画面とテロップの相関が理解しにくい。随分とテキトーに演出したもんだ。

必死さ、ゼロ。
“タニマチ感”溢れる社長のゲイノー人好き交遊録を体現。

かつて、女優の『萬田久子』氏や関西喜劇出身の『藤田まこと』氏をキャラクターとして多用したように、このタニマチ感は、この社長の代での事業収束・衰退・終演を充分に予想させる。

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YOUTUBEより
バブル経済期の自社CMでは、社長自身が“家”のカブリモノの中から登場した奇妙な演出の賃貸戸数ギョウカイ1位『大東建託』。
こちらは愛知県・名古屋市創業。
昭和コメディの巨人、『ザ・ドリフターズ』の『ズンドコ節』をベースにした替え歌の、ミョーに不愉快な歌い回しと、ミョーに不愉快な“振り付け”がむかつく・・。

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YOUTUBEより
賃貸大手はいずれも愛知県創業なのは、何故か
昭和50年(1977)名古屋市起業の非上場 『ミニミニ』。
社名の由来も意味不明だが、取り扱い商品に『スーパー君』『エース君』と命名も意味不明なら、30周年記念の特撮CM製作も、まったく意味不明。昔、東宝の特撮『ゴジラ』シリーズとのコラボCMも製作されているが、ヒーローやらカイジュウやら・・。
何処にもなーんにも丁寧な説明ナシ。

コレ、絶対、欠陥ある組織。
ある意味、凄い。
公式HPに社員紹介があるが、掲載は現場職1名。社内風景は画像コラージュに網を掛けておしまいのチョーお粗末。


いろんなもんが、伝わりにくい、企業。



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YOUTUBEより
東証1部上場の総合不動産建設業、『大和ハウス工業』。
ここ最近の賃貸事業のCMに多数の仮面ライダーを登場させたり、実力派俳優を登用した会話劇でひたすら手の込んだコマーシャルを企画する、ブレーンに恵まれた企業。

愛知出身の上記賃貸事業に主力を置く企業CMとは異なるが、キャスト・構成・演出・美術その全てが秀逸過ぎるヤツをご紹介。
トータルで6分近いですが、コレ笑って頂けたら幸いです。
リンク
役所広司 ダイワハウスCM集

力、入ってて、笑えるでしょ・・。

組織の知的レベル、文化レベル、企業風土の高さを思わせる。『大竹しのぶ』氏のナレーションが挿入されたシリーズも最高であった・・。

TOPの“CM作品にナレーションを充て”ていく、MA(マルチ・オーディオ)と呼ばれる音声仕上げ工程で、かつてワタシ自身も実際に遭遇・経験した場面を想起させる、大いに共感したプロットも登場する。
ワタシの方のブログ記事も併せてどうぞ

リンク
ギャップ。



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古い記事もそれなりに面白い『ヤメディレクターの後悔懺悔粉飾人生』是非

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残時間計・・。

一年が、あっという間に折り返し、後半を過ぎ、秋口に向かい、スグ終わっちゃおうとしてる・・。

ヤバイ・・・・。“時”の過ぎ行くのが速過ぎて、リンダ、困っちゃう

人間、一定の歳を過ぎると、時間の過ぎ方がリニアモーターカー化してしまうのだ。45分で大阪に着いちゃう。
さっさと“死ね”ってコトすか

左手に痺れる感覚と同時に脂汗が出る症状が二日間連続し、ビビって総合病院へ行ったらば「超音波検査」やら「運動負荷検査」やらの梯子に成った。
「エコー検査」では左胸を下にして裸でベッドに横たわったワタシの腰の処に、若い女性の検査技師が自分のお尻を当て、画像モニターの視認性を高めるため、照明を薄暗くした部屋で、室外の喧騒を他所に、技師サンは右に身体を大きく捩じらせた形態で、ひたすらワタシの胸の上のゼリーで濡れた「パッド」を滑らし、心房を精査した。


こんな“世界”も在るのか・・・。健康なのか、不健康なのか、置かれたシチュエーションに少し、ドギマギした・・。


この様子を誰かに写真に撮られたら、もの凄い奇妙な恰好なのだ・・。

「ホルター心電図」なる24時間検査端末を着けての検査も同時に行った。

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ネットで調べたら、イマドキのモノは随分と小型化されていて、携帯電話の半分くらいの大きさのモノが主流のようだが、ここの病院のヤツは大袈裟にデカカッタ。

腕に血圧計を巻かれっ放しで、心電図と共に1時間に1回、グイグイ締め上げて血圧も同時測定。
翌朝、“6時”丁度、会社の朝礼で腰の測定器装着を指摘され、「コレ、ジジイにパワーを与えるベルトですっ」と、チョーシこいて大笑いしたらば、血圧記録が一気に、175に跳ね上がってシマッタ・・。
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バカ笑いは、「死」に直結するコトを、学んだ。


夜勤明けに、カミサンを駅マデ送る直前、日テレ「ZIP!」で始まる『グッド・モーニング!!!ドロンジョ』 。
目下、一番のお気に入りだ。
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http://cu.ntv.co.jp/program/doronjo/

約20年程前にアメリカで開発されたソフトウェアがバージョンアップを繰り返す中で日本にも序々に流通。
比較的安価な制作費で製作されるMADアニメーションツール・ソフトがベースの僅か1分のCGアニメだが、日本の老舗・テレビ番組制作会社「テレビマンユニオン」所属のディレクターが監修、気鋭のアーティスト集団「ODDJOB」の当たり前に奥行きの無い描画技術、バラエティー番組の造詣が深い作家「堀 雅人」氏の秒単位の脚本が、大いに笑わせる。

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いずれもhttp://cu.ntv.co.jp/program/doronjo/

これを観てからローカル天気を確認して“7時”過ぎに出掛けるのが、何よりも気分がいい。
過去放送分は5日間分だけ1分ずつ、局のHPで無料視聴出来る。(スキップ不可の日テレ番宣のおまけつき)

リンク
グッド・モーニング!!!ドロンジョ

これだけのモノが朝の生活に紛れ、瞬時に消えてゆくのは、とてももったいない。
連日放送分を構成・作画する製作現場のご苦労には、敬意を表する。



カミサンの故郷の25歳になる姪っ子が、何時の間にやら妊娠し、出産していた。
お相手は、チョット不明、未婚の母ってヤツの様相。
いずれ何らかの席でも有るのかなァ・・・。遠い南国のコト、文化も違うので、よく判らない、判らなくてイイのだ。バカボンなのだ。これで、イイのだ。深追いしない。

こっちの“一生懸命”、や“必死”さは、其の暑さでどっかに消えちゃう、汗で流れちゃうのじゃ

2009年に首都の大学を優秀な成績で卒業し、世界有数の保有数とサービスを誇る豪華客船会社に就職し、文字通り世界中を旅客船と共に「旅」していた。

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www.celebritycruises.com

お相手は、この会社のクルーってとこか?
21年前にカミサンと結婚し、ワタシの膝で可愛らしく微笑んで、はにかんでいた子が突然、大きく成長し、気付いたら、フェイスブック上で嫉妬するほどの世界中の観光名所・遺産を、港に停泊中の休日に巡り歩き驚かせた・・。

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雨の日のローマの休日、仲良しのクルー達と(左から2番目が姪)

遠距離故、姪との記憶はピンポイントで3度くらいしか会っていない。

カミサンの家族の近況を細かく互いに知りえる、共有出来る様になったのは、彼らが順番に上級学校へ進み、就職し、経済力が伴ってからで、それまでは亡くなった義理姉の葬儀や5年に一度くらいのカミサン単独の帰省などの折、持ち帰るフィルム写真のみがが、彼らの近況をリアルに知る唯一の手段であった・・・。


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21年前、結婚式当時のスナップ。姪と共に)


残された時間が、あまりにも“惜しい”


何か、やり直せる事は、無いのだろうか? 方法は無いのか・・・・・・。



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昨日の敵は・・・・。

夜勤が夜中に終了し、その朝カミサンを最寄の駅マデ送り、コンビニでハイボールを買い求め自宅の駐車場へクルマを止めた。
するとお隣の豪邸に住むパチンコ店経営のT社長が、「今から植栽の手入れをしたいんだけど」と話し掛けてきた。

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わたしに話し掛ける社長の肩越しに植木職人の軽トラと廃棄物運搬車が乾いた音を立てて道の向かいに停止した・・。
時刻は朝8時半。
高さ3メートルは有る木を切るにはわたしのクルマを移動しないコトには作業が出来ない。

面倒なコトになった・・。

以前、我が家の斜向かいに住む『ゴミおじさん』のイッケンを覚えていらっしゃるだろうか?
ご自分の兄弟の経営するマンション敷地のゴミを我が家の駐輪場に2年間、毎週置き続け、警察や管理会社、オーナーがその度に駆け付け、ヒト騒動あった事件。
このおじさん、実は110番通報マニアでもあり、ご自分の敷地やくだんのマンションの周囲では無くとも、ご自分が見渡せる視野内の路上駐車を通報しまくるのだ・・・・。
この社長さん宅のお客さん、向かいの幼稚園の送迎車両、近隣宅地の工事業者、ワタシでさえチョイの間の路駐も通報される。呼ばれた警官は呆れ顔でやって来る。

「分かりました」取り敢えず、そう返答するより手が無い。
移動しなければ、車に傷を付けられても文句は言えない。

程なく階下の奥さんが近所の自動車メーカーへ出勤の為、駐輪場へ現れた・・。

「おはようございます、申し訳ないんだけど・・」と事情を説明するとご自分の駐車場にわたしのクルマの駐車を許可してくれた・・。
最近免許取立てのご子息は昨日はお腹が痛くて会社を早退して来たけれどもう、大丈夫なんでどうぞ、どうぞ・・、と相為った。

ひと安心して今夕の出勤に備え、買い求めたハイボールのロング缶を飲みベッドに潜り込んだ。

暫くして、猛烈な雨粒の音で目が覚めた。
窓外を見遣ると既に植栽の職人達は撤収済みであった。

ふと、嫌な胸騒ぎがして土砂降りの玄関先へ出て外を覗くと、今朝一時駐車をお願いしたお宅のご子息のクルマが路上に止まって居たフロントに貼られた初心者マークですぐに判った。

まずい
咄嗟に階下のお宅に居る筈のご子息に事情を説明しようとドアチャイムを鳴らした・・・・・。
出てこない。
もう一度・・・・・。
出てこない・・。
もう一度、間合いを空けて・・・。

だめだ。

兎に角クルマを移動せねばならない・・。さもなければ今度は110番オジサンに通報され、ご子息が駐車違反になっちゃう


土砂降りの中、クルマに乗り込みギアをバックに入れ下がろうとするもエンジンが唸るだけでびくともしない。

これでアタマが真っ白にナッタ。

下がろうとするルームミラーに何故か雨の玄関先に立つ110番オジサンの姿がチラリ見えた。

スグサマこの駐車場に止めるべき者の「悪意」を感じた。

クルマのドアを開け駐車場側から再度ご子息宅の名前を大きな声で叫んだ。
恐らく、カーテンの向こうで息を殺しているに違いない。

返答は無い。

何かされているんだ。
クルマを一歩下がって見た。


ドアにピンホールされているのに気付いた
グラフィックス1秋後半4

物理的にクルマが後退出来ない理屈が車体の下を覗いてようやく判った。
グラフィックス1秋後半2
画像は再現 実際は気付きにくい助手席側に置かれていた。

ズブ濡れの身体でブロックを取り除き、今起きている事実を呪いながら、怒りに任せ強めにアクセルを踏んだ。
(飲酒の寝起き、理不尽な状況、強い雨、運転感覚は見事に狂っていた)

ゴリゴリ、ゴリーーィ・・・。

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画面左側・階下のお借りした駐車場 画面右側・トランク部分が110番ゴミおじさんの兄弟が経営するマンションゴミ捨て場に接触。悪魔の化身と化したご子息のお車は画面左下奥に駐車。

一体、何をするとこんな目に遭うのだろう
傷付けられたクルマの中で考えた。運良く、110番おじさんは、自宅玄関前のおじさんの立ち居位置目線からはゴミ捨て場の壁の高さに阻まれ、更に降り頻る雨の音に衝突音は掻き消され、この様子を視ずに自宅に戻ったようだった・・。

頼まれて好意のリレーが途中まで存在したのだが、状況を飲み込めない青年が、怒りに任せエスカレートした、そんな処か・・・・。
かつてその、階下のご子息とは、110番ゴミおじさんのゴミ捨て事件では不法投棄の現場を押さえる為に随分と話し合ったりしたのだが・・・、本人知らぬ間に取り決めたコトとは云え置きブロックにピンホールとは・・。

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数日後の夕刻、日勤を終えシャワーを浴び、カミサンを会社まで迎えに行こうとクルマを走らせたらそのタイミングで、例のおじさんが玄関先に現れた。
わたしはおじさんを呼び止め、彼に対する複雑な悪感情を身体に封じ込め、白状した・・。

「スミマセン、壁ぶつけたんで見て貰えます?」

ハザードを出しクルマを降り、数日前の事情を説明した。

「エっ?何処?・・・・・。アッはっは、こーんな傷、イーヨ!!」

異様なテンションで一笑に付された。数ヶ月ぶりに話し掛けたのが余程嬉しかったのだろうか、この騒ぎにおじさんの娘さんが仔犬を抱いたままワタシに向かって駆け寄って来て「マタ、ナンカ有りましたか?!!」と心配げな顔をした・・・。
その週末、カーショップで補修用具を買い込んだ。

その補修作業を見掛ける度、おじさんはわたしの傍にヤッテキテご機嫌な調子で必死のアドバイスをしてキタ。
その度、近所の他のお年寄りも寄ってみえて、毎回・毎週末工具箱に腰掛、バケツに汲んだ水でボディに研磨するワタシを囲み話が弾んだ・・。
グラフィックス1秋後半5
右後部バンパーは手のひら大に削れたが研磨を繰り返し、塗装を施すと見違えるホド小さくナッタ。
ピンホールも完全とは云えないがほぼ消えた。

ワタシが階下の息子のように若かったらやはり、置きブロックをしてドアにピンホールするだろうか?
一見仲良く付き合っていたご近所サンに、まず口頭で抗議せず、そこまでカッと成って仕返しすんのか?
ワタシも彼のクルマをこれでおアイコだと同じ目に遭わせようか?

誰にされたのか、現場は見ていないものの、犯人は一目瞭然・・・。

以前の自分なら階下の奥さん(彼のお母様)が夕刻帰宅したのを見計らい、「何でこんなコトするのか」と猛抗議しただろう・・・。
巡り巡って隣の社長にも愚痴りたかった・・・・。

でも、しなかった。

このまま黙っていた方が、彼にはクスリに為るかな?位に考え鉾を収めた。

ゴミの騒動が2年間続き、週三回ゴミの収集日の度、嫌な想いをした。
変わって今は毎日駐車場で、そのクソ息子の(ご子息とはもう呼ばない)ピンクの軽自動車を見る度、不愉快な気持ちになっている。


わたしの何処がいけないの?

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貫徹困難・・・・。

何事も、ずーーーーーっと諦めず、投げ出さず、思い描いたコトを自己都合で差し替えるコト無く、持続出来る意思の強さは、ワタシには無い・・・。

備わって居ない。遺伝子に無さそうである・・・。

子供の頃の勉強も、このブログで幾度と無くご紹介している伝統芸能の類いも長唄・三味線・鼓も、オトナに成ってからの夢も希望も・・・・。
唯一貫徹したのは、10年後の正月貴方は何処で何をしているか?という問いに『テレビディレクター』に成って、結婚をして炬燵で蜜柑を食べている、という小学校の卒業文集にシタタメタ『夢』のみ・・・・・。

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ロシアを巡るヨーロッパ情勢は日に日に緊迫度を増すが、今から60数年前の第二次世界大戦末期、現在の状況と同様、相互不可侵を条約締結した筈のソ連が一方的に条約を突然破棄し、当時日本が大量に開拓団移民を送り込んでいた満州国に武装し攻め込んだ。
卑劣にも突然の侵攻を把握した一部日本軍幹部とその家族連中は列車で逃走し難を免れたが、一般人の大半は広大なロシア大陸の方々に取り残され、陸路を徒歩で海を目指した・・・・。
成人男性は全てが軍により徴兵され、幼児と女性が中国大陸の彼方此方で連行・殺害・凍死、離散してしまう。

『大躍進』『文化大革命』と言った中華民国の近代化潮流の最中、日中国交正常化が図られ、1981年(昭和56年)当時の厚生省の奔走に依り『残留日本人孤児』の一時帰国が開始。
既にご紹介の通り、テレビ朝日報道局に在籍したわたしはアルバイトの報道照明係りとしてこの一時帰国者の宿舎兼記者会見場として受け入れた東京・代々木のオリンピック青少年センターだったかに毎日、通い詰めた。
臨時の記者会見場の最後方で次々と身元の判明した孤児の方の会見の度にテレビ中継用のライトを点灯するのがわたしの役目であった・・・。
新聞・雑誌・テレビ数百の報道人員で終日ごったがえした。マスコミ用の出入り口はひとつしか無く、現在でも尚ご活躍の面々を入り口に終日立ち拝見した。

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DailyMotion Youtubeより抜粋加工
左は昭和の方ならご存知、『櫻井よしこ』氏。
ベトナム野戦病院生まれ、ハワイ大学卒の後日本テレビ放送網㈱で17年間毎夜ニュースキャスターを勤める。
ありとあらゆる社会事象に幅広く深遠なる見識と行動力を持ち果敢な言論に挑み続けるその生命力には驚嘆する。
超高級温泉旅館の女将か超高級倶楽部のママか大使館夫人のようなトレードマークのヘアスタイルは30数年変わらないのは凄い事だ。『NNNきょうの出来事』出演開始当時このヘアーのまま、オリンピック青少年センターの会見場に現れた櫻井氏。
おそらく日テレ報道局の社会部記者ディレクターであろう人物がナニヤラ怒鳴りながらワタシの横をすり抜けて、会見場に入って来た。
『モーーゥ、何よーっ』と記者ディレクター氏の後に続いて櫻井氏がアノ掠れたテレビで聞く声のまま困惑しきった表情で現れた・・・・。トレードマークのヘアーは微動だにしない。

一方右は現状では日本テレビ放送網㈱最長勤務・勤続を誇るアナウンスセンター部長『井田由美』氏。
蔓延する今の民間放送のお莫迦アイドルアナウンサー時代とは一線を画す唯一無二の実直な道をひたすら歩む姿は他に類を見ず。
記者会見場に入って行く淡いブルーのスカートで歩く艶めく後ろ姿のナント美しかった事か・・、今でもこの目に鮮明に焼き付いて居る。

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テレビ画面より
番組タイトルが昭和そのもの日曜よる6時・BS-TBS『ニュース少年探偵団』。
飾り気の無い古風なイデタチの女性は産経新聞取締役をお父上に持つ才女『三雲孝江』氏。
現在でこそフリーで各局を股に架けご活躍だが御歳60でもこの美貌。

記者会見場に現れた彼女、当時も今と変わらずショートヘアーにこけし人形のような骨格というか色白なオーラ溢れる頭部。切れ長の目と適度な肉感の在る長く線形の唇に、まだ20代の小僧のわたしは魅了された・・。

取材を終え会見場を立ち去るカノジョを見遣っていると、隣に居合わせた取材現場で度々顔を合わせ知り合いになったTBS報道局の取材カメラマン・Cサンが教えてくれた。 

『局内でホント評判イインデスヨ・・。』

聞けば宴席にお誘いしようかと躊躇しながらも声を掛けてみると、どんな階層の人にでも平等に気さくに顔を出してくれる、と云う。無論芸者商売では無いのだが、対人関係のそうしたマネージメントは長咲きの秘訣なのだろう・・・。

グラフィックス1みっきー4
テレビ画面より
同じくBS-TBS『ニュース少年探偵団』。画面右隅でチジコマッタ風なのは昭和64年入社の『小林 豊』氏。
昨今の体格のイイお子さんとおんなじに見える小顔の49歳。
50目前の社員アナウンサーの実務ってこんなもんなのかと思えるような閑職紛いの活動現況・・・・。

大抵のヒトがニュース原稿を読み、チョットバラエティ司会を齧ると、組織を離脱してアナウンサー専門の派遣プロダクションに移籍し、さしたるメジャーな仕事にも就けず通販の新聞広告にキャスターなどと称して登場したりしてジリジリと転落していく訳だが、このヒトを見る限り、ずっとひとつの所に居留まり続けるのも、生活経済基盤維持の為には、大変に重要なのだと改めて思い知るようだ・・・・。


孤独感や焦燥感、筆舌尽くせぬ葛藤も在るだろうね・・・・・。


グラフィックス1ミッキー6
テレビ画面より
『ニュース少年探偵団』と同時刻にオンエアがスタートするのは日本テレビ『真相報道バンキシャ!』。
番組自体、県土木事務所の裏金疑惑に関する重大な誤報や取材スタッフの遭難死など不祥事まみれで存続が危ぶまれたものの、画面のお二人同様何事も無かったかのように順調に続いている・・・・。
お二人ともそれぞれの事情で同局を退社され、結局辞めても尚乞われて現役で司会を許されている。

不思議な光景だ。

特に左側の『夏目三久』氏。
なにもこんな仕事をせずとも資産家令嬢であらせられるのに・・・、社内イジメの元凶となったスキャンダルをモロトモせず、週200万円を軽く稼ぐ人気フリーアナウンサーにおお化けしてシマッタ



さて、今年の夏休みは瀬戸内海或いは和歌山方面の温泉にでも出掛けるつもりで居たのだが、運転初心者のわたしの長距離高速移動に、カミサンが強い難色を示し一歩も譲らず、またしても巡航3時間程度の近場で手配するコトとなった・・。
グラフィックス1みっきー32
新東名にて。
出掛けた鼻は暑さ全開に晴れ渡ってそれは楽しい思い出旅行を充分に予想させた・・・。
それも束の間、トンネルを抜け、山を越える度、空模様がぐんぐん怪しくなる。

グラフィックス1みっきー10
山梨・河口湖畔『オルゴール美術館』にて

やがて最悪の悪天候・土砂降りタイフーンの遭い間の記念撮影・・。
何処マデ行っても雨、雨、豪雨・・・。

グラフィックス1みっきー9
静岡・朝霧高原『まかいの牧場』にて
道中予定のささやかな観光スケジュールを次々と割愛し本日の宿へ到着・・。
毎度のコトながら、こんな時にしか口にしない刺身の豪華な船盛りや、洒落たお造りを堪能する機会に有りながらも、それらをスルーせざるを得ないプリンセスのおいでになる我が家は、合いも変わらず『バイキング料理』主体の宿めぐり・・・・。

グラフィックス1みっきー31
宿の駐車場にてこの画像を撮る段になって気が付けば何故か特徴ある見覚えのあるクルマが・・・。

グラフィックス1みっきー11
部屋からの眺望。本来なら客室全室霧の向こうに巨大なアッと驚く大きさの富士山が嫌がらせのように見える筈な訳だが・・・・。

雨模様の僅かな合間にホテルのレンタサイクルで小一時間かけて曇天の湖畔を一周。
正面奥が宿。
グラフィックス1みっきー30

大浴場からも壮大な山影を望める予定で居たのだがまたしてもささやかなる楽しみは掻き消され・・・。

グラフィックス1みっきー12
グラフィックス1みっきー13
ひと風呂浴びて夕食のレストラン。
全くもって驚いたのは、カミサンの背後のテーブルの男性。
ナント今年5月のゴールデンウィークに出掛けた宿の夕食レストランにも居た同じ男性
何故そんな旅先で見かけた一男性のコトを覚えているのかというと、5月のGWに宿泊した宿の駐車場でかなり年式の古いメルセデスの中からチェックインの為に降り立つ姿を見たのだ・・・・。

其の晩のレストランで、年老いたご婦人と共に我々のテーブル近くに席を取った。

40代とおぼしきその男性には奥様もお子さんも同行せず、どうみても母ひとり、子ひとりの温泉旅・・・。その奇妙な光景をこのブログに少し書いた。

まさかそのご家族と同じ日同じ夜に、同じ宿で同じ時間に再び居合わせるとは・・・・。

余程この奇遇を機に話しかけようともしたが、こちらの感慨が反って不快に取られないかとも思い、諦めた・・。

若い頃、母親を早くに亡くし、なら残る父親に親孝行を、と目論んではいたものの、実際わたしの場合、この孝行息子さんのようには生涯為り切れないであろうコトは既に明らかである・・・。


おぼろげながら描いた親孝行の夢、それすらも叶うすべ無く、ああ、気が付けば我が『親』の世代に。

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コノサキ、カーブガレンゾクシマス・・・。

ゴールデンウィーク直前は夜勤となった・・。夕方5時開始の夜中2時が定時。夜通しでは無いので身体は“楽”だ・・。
近所迷惑に成らぬ様、抜き足差し足で我が家に戻りひっそりとテレビを点け夕食・・。
グラフィックス1gw8
(テレビ画面より)
TBS『ニュースバード』のおねえさん・・。重いねェー。
グラフィックス1gw7
(テレビ画面より)
NTV『日テレNEWS24』のおねえさん・・。お人形さんみたいだ・・。

お二人とも、国内で一二を争う(争ってナイか?)ニュース・キャスター派遣大手の社員さんで局アナさんでは無いんだねェ・・。
スタジオ技術も出演者も“真夜中・早朝はみんな下請け”。
調べたら、NHKニュース『おはよう日本』のお天気キャスターもこうした“下請け派遣”でございました。
(シラナカッタ)
グラフィックス1gw9
(テレビ画面より)
同日朝のテレビ朝日『朝まで生テレビ』。お馴染み「田原総一朗」氏はもう既に御歳80歳?!
過去このブログでも散々ご紹介した美術セット、酷いもんだねェ・・。
踏襲するにもホドがアル・・。①

グラフィックス1gw10
(テレビ画面より)
チープな事この上ない飽きの来るデザイン、何時まで使い回すお積もりか“三流通販番組”みたいだ。
踏襲するにもホドがアル・・・。②

グラフィックス1gw11
(テレビ画面より)
スタジオの壁際の観覧者、今現在どういう募集方法なのか、『仕出し屋』丸投げか存じませぬが、チャンネル変えたらば、番組が終了するところで有ったので定かでないが、右端に座るコ、未成年じゃありゃしませんか
早河サン、ダイジョーブか


「日清戦争」開戦前年に生まれた劇作家で『劇団文学座』創設者のひとり、故『獅子文六』氏。
グラフィックス1gw20
(ファイル:Shishi Bunroku.jpg著作権の保護期間満了)

戦前戦中の「戦記」や「家庭生活」から、戦後の「国鉄」や「バナナ輸入」「箱根開発」など当時としては斬新な「ギョーカイ小説」等多岐に渡る人生描写・時代潮流を描き人気を博した。
その著作のうち数十本が当時庶民娯楽の花形であった映画各社により競って作品化された・・。
グラフィックス1gw21
http://www.ycam.jp/cinema/2012/02/9010.html

1950年(昭和25年)、氏が「朝日新聞」に新聞小説として連載した『自由学校』が映画化。
“夫の蒸発”を端緒に戦後の混乱期の一組の夫婦と交錯する周囲の駆け引きを描く・・・。

ご存知かもしれないが、今のこの時期を「ゴールデンウィーク」と称するのは同作品が1951年(昭和26年)5月5日公開となり、当時の映画製作会社「大映」が盆暮れ正月を抜き、会社設立以来のトップの興行収益を上げたコトに由来する。
“商業用語”の為NHKは“大型連休”と言い換えて表現する。


さて我が家の“大型連休”は“運転歴”の浅いわたしが思い巡らした挙句、高速道路も含め2、3時間前後の運転で現着可能な観光地で尚且つ、カミサンが“生魚”を一切食さぬ故お決まりの“バイキング・ブッフェ”スタイルの食事を提供する国定公園の宿へと向かった。
グラフィックス1gw22
南アルプスを望む標高1300mの高原に咲き誇る“天空の花回廊・芝桜の丘”が有名だが、未開花を知りながらも登頂の一枚・・。
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数週間あとならばこんな感じ・・。(現地の看板より)
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夕刻、山を降りてコテージでバーベキュー・・。
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翌日、運転初心者には全く不向きな連続カーブが1時間以上つづく山を降り静岡へ・・。

『浜名湖花博』へ向かうもナビのVICS画面は周辺道路一面真っ赤で予定変更、「JSDF・HAMAMATSU」の『広報館』へ。
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目の前をパイロット達が手を振り通過の後、轟音とともに感動の大空へテイクオフ!
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開発中の「XF-2」やら「F-1支援戦闘機」やら迫力の「全天周映像・“飛翔”」やらを観た後は、「展示格納庫」のナント19機もの実機展示大会場へ・・。
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普段『StarCh』でしかお目にかからない実機の“戦闘機乗務”に我が家の大佐も大興奮

これで“全て無料”とはマニアで無いわたしでも凄い、と思う・・・。

再び、ナビ音声に「この先カーブが続きます・・。」を1時間以上連呼されながら前日の宿へ帰還。

風情溢れる山間の桜や桃の木の見事な対比に息を呑み、更には宿までの道のりの長さに不満タラタラのカミサンの小言を受け流しつつ、夕刻到着。(本来の計画なら近場の温泉施設で日中ゆっくりするつもりでいたが、カミサンの“月のモノ”がタイミング悪く出発前に始まり温泉につかれなくなった為の苦渋の“静岡遠征”でありました)

グラフィックス1gw40
というわけで、ひとりわたしだけガラガラ空きの温泉につかり夕食・・。

“連休”のしょっぱなで、更に大勢を収容して騒ぐタイプの宿でも無いのでお客も少なく夕食・朝食で宿泊者のさまざまな顔ぶれを垣間見た・・。

恰幅の好いドコゾの常務風情の男性同士のふたり旅、旧式のメルセデスで訪れた婚期を過ぎた息子さんとお母様の孝行旅、おばあちゃんとお孫さん、それに若いお父さんの三人旅・・。


皆、いろいろな“人生”を背負い目の前のご馳走を堪能していた・・。
グラフィックス1gw34

来年の“大型連休”・・、果たしてわたしは今のように気楽にカミサンを連れて、今年と同じように、ささやかに、幸せに、遠出出来るのだろうか?

先のコトなど知りたくは無いが、我が家には、我が家なりの“ふたり旅”がつづく・・・・。


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古い記事は“大型連休”のお暇つぶしにピッタリであります。AEONやパチンコに飽きちゃって、恋人とのデート代も厳しいアナタ、是非見てねん!

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20年・・。

明日、私たち夫婦は、どーいうワケか結婚20周年を迎えます

一体、どーした事なのだろう・・・。


グラフィックス1結婚20年!!

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ずーーっとご覧戴いていれば、そのうち貴方にもイイコトあるかも?『ヤメディレクターの後悔懺悔粉飾人生』


我が愛する“奥さん”、長い間、ありがとう、ほんとうにありがとう・・。

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慌ただしく!感謝!そして新車!!

いつの間にやら、1月が終わってしまった・・。

皆さん、冷静に思い起こして戴きたい・・。
つい、この間、大晦日では無かったか・・。
つい、この間、冷凍食品から農薬が検出され、捜査が混迷したのでは無かったか?してないか・・。

気が付けば、このうんこブログに30000回ものヒットを繰り返して戴いたのだが、うっかり、御礼を申し上げるのを忘れてタイミングを逃してシマッタのだ。

いやはや皆様、ほんとうにありがとうございます!!



一昨年の暮れ、慌ただしく自動車免許を取得し、慌ただしく軽自動車を購入後,一年があっという間に経過してしまっていた。

その乗り心地に若干、不満を感じていた先日、自宅から徒歩5分の処に在るトヨタのディラーさんと展示場前でバッタリ出くわした。

「その後、オクルマの調子は如何ですか?」
「アー、一応満足ですが、今度はもう少しゆったりしたセダンに乗りたいですねェ、小回りが利いて・・。」

別れた2日後、「大至急電話クダサイ!!」と家の留守電にメッセージが在った。
わたし好みのセダンを用意したので観に着て欲しいという・・。
「うわァ、メンドクサイ事に成ったなぁー・・。」
そう思いつつ、近所過ぎて断る理由が無いまま、展示場へ向かった。


イイクルマだった・・。その週末カミサンを案内した。

「イイジャン・・。」カミサンが微笑んだ。トヨタマンも一緒に微笑んだ。


ヒトのイイわたしは、消費税UPを目前に控えたこの冬、そのセールス・マン氏の口車に乗せられ、あっと言う間にクルマを買い換えるコトと成った・・。

一晩の内にそのチョーやり手セールス・マン氏は、わたしの軽自動車の次のオーナーと成るヒトを探して来てしまい、「台車を出すからハタノサン、クルマを明け渡してクダサイ」とあっと言う間に手配を済ませた・・・。


「ヒョエーショーバイ旨すぎますぜ


わたしに“購入”を微塵も躊躇させない超特急作戦なのだ。
グラフィックスマイカー2

ジジイの仲間入りを果たした・・。
このモーレツセールス・マン氏は、あっと言う間に、ワタシの乗っていた中古車も含め計2台を1月末ギリギリの「初売りセール」の僅か数日で捌いて見せた。


採りあえずイイ買い物をした・・。



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古い記事もそれなりにプチオモシロイ、かもしれない『ヤメディレクターの後悔懺悔粉飾人生』

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動悸、息切れ、糞信仰。

東京で過した青春時代の年末年始の忙殺状態・・。

何処のどんな世界でも同様であろうが、私の場合、巷で言われる「働き盛り世代」に移行するずっと以前にある意味、そのピークを迎えてしまった。

東京・千代田区にある「国立劇場」、同じく渋谷の東急百貨店に在った「東横劇場」、武道館等大規模な集客会場での音響サービスを行う「東京音響通信研究所」、「新橋演舞場」の音響サービス会社、「新宿京王プラザホテル」等の宴会音響サービス会社、下北沢の「本多劇場」等中小の劇団に出入りする個人経営の音響効果屋さん・・・。


山のように「音響オペレーター」「音響効果マン」の作業をいたずらに引き受けた・・。


とりわけ、小学校から始めた日本舞踊・民族舞踊を演ずる「舞踊団」との公演関係は引き受けた業務の中で最も多く6割を占めた。
その大半は「無給」であったので、尚更他の仕事を請けて生活の糧、というより都心の移動にかかる膨大な交通費と必要に迫られた「外食」に消えてゆくのだ・・。それとて決して充分な額では無く、結局サラリーマンだった父に毎日のように1万円、地方に行くと言っては5万円、と無心し続けた・・。

過去、このブログでさんざん記述したので、併記を避けるが、その「舞踊団」の代表先生(故人)は名実共に広範な活動で成功を収めた人で、わたしの今の人生に大きく係わった方だ・・。

創価学会員で構成された「舞踊団」はそのコネクションにより、海外派遣の文化使節としての活動や国内最大の音楽鑑賞団体(当時)や公明党の選挙活動、機関紙「聖教新聞」の慰安公演等に借り出された・・。


これが「無給」の所以である。


遥かむかし、わたしは度重なる「舞踊団」の音響業務で一週間程度の期間徹夜作業を繰返し、東京・虎ノ門のホールで過呼吸となり救急搬送された・・。点滴を打たれ絶対安静の事態。
その日の催事公演の音響業務は、わたしが日頃お世話に成っていた国立劇場の師匠の計らいにより急遽代役を立て、スタッフの遣り繰りをお願いし、何とか無事終了した、と人ずてに入院ベッドで聞いた・・。


この仕事と並行して九州民音という創価学会系音楽鑑賞団体主催での「舞踊団」の長期公演が予定されていた。
ホールで倒れてから数日後、「舞踊団」メンバーの諸先輩方が病院へわざわざお見舞いに見えた。

自立神経の失調と肝機能低下、栄養失調、手足・顔が冷たく動悸の止まらない日々・・・。
不整脈もあった。


九州出発の目前に成って「舞踊団」の代表先生(故人)の「意思」を伝えに、中堅の男性舞踊手(故人)がわたしの病室へやって来た。

公演直前過ぎて、(舞台稽古による音響操作の習得等)わたしの代役を勤める、依頼出来る外注音響サービス業者はイナイ。九州の音響サービス会社を貴方の下請けに配置し、音響機材の搬入・搬出とセッティングは全て任せられるカタチを採るので退院して、東京・豊島区公会堂での舞台リハーサルに出席するように、との『命令』を告げられた・・。
(今のわたしなら絶対にお断りするだろう)


「仕事を変えなければ、体調は元に戻らないですよ・・。」
総合病院の主治医はこの時期の退院に反対した・・・。容態が安定せず保証出来ないとマデ告げられた・・。
心臓は“悲鳴”をあげている・・・。


“行かなければ”迷惑をお掛けする・・・。糞のような信仰心(当時は創価学会員)から仕方なくベッドから這い出し数十名の出演者・スタッフらの待つ東京駅・銀の鈴へ向かった。
父は呆れていた。

福岡へ向かう新幹線の車中、舞踊団の副代表格の男性舞踊手がわたしの座席にヤッテキて、動悸の治まらない胸に分厚い「手」をアテガッタ。
猛烈な「苦しさ」を覚えた。嫌な「予感」がした。先は長いのだ・・・。

約半月以上続く九州公演は、博多、長崎、鹿児島等大都市圏を中心に回るコースでは無く、Bコースと呼ばれる日田、日南、佐賀等中都市圏を回るコース。
当時、福岡で舞台音響・舞台照明を手掛ける大手の技術会社と合流し、ツアーは始まった。


巡演終盤、やはり、というか当然の如く舞台本番中に過呼吸に突然、見舞われ紙袋を口にアテガイナガラ公演を続けた。
公演終了直後、病院搬送・・。
入院は出来ないので、フラフラのまま深夜になり宿泊ホテルへ取って返した。


ホテルでは、「舞踊団」の代表先生(故人)が薄暗い部屋で呆れ顔で待ち受けていた・・・。


わたしの状態を気遣うでは無く、スポンサーである九州民音の事務長に何故迷惑を掛けるのかという趣旨で叱られた。
(無理を押して来いと「指示」したのはアンタだ)
東京に帰ったら、事務長宛に「詫び状」を書け、という。


若いわたしは孤独だった。もう、ここまで来ると平常心も正常な判断も無意味なのだ・・・。


具合が悪いのは「自分の信心」の揮わない所為、「スミマセン・・・・・・・・。」
(今にして思えば誠に不条理なハナシで胸糞が悪い)


冷え切った顔に涙が滲んだ。



入院の顛末もブログ内にありまっせ!
記事カテゴリーで探してちょんまげ!!


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年末年始、年がら年中。

前回の記事で年始の過し方の一端をアバウトに記した。
30数年前のスケジュールを調べたら、忘れていた半端無く慌ただしい日々が蘇えった・・。
11月17日民音主催「舞踊劇おけさ海を行く」八幡市民会館
   18日同 福岡郵便貯金ホール
   19日同 佐賀市民会館
   20日同 直方市民会館
   21日同 延岡野口記念館
   22日同 鹿屋市文化会館
   23日同 河内市民会館
   24日同 国分市民会館
   25日同 日南文化センター
   26日同 中津文化会館
   27日同 大牟田市民会館
   28日同 日田市民会館
   29日同 玉名市民会館
   27日日本航空主催「国際観光会議」帝国ホテル
      同 「ミラージュボール歓迎会」ホテルニューオータニ
12月 4日「留学生交歓会」ホテルニューオータニ
    5日京王プラザホテル主催「ビバ!プラザ」
    7日広島おやこ劇場公演「民謡ミュージカル津軽はるあき」
    9日東京駒沢ライオンズ倶楽部主催「クリスマス家族会」
   13日~28日フジテレビ「お茶の間スペシャル」
   16日民音主催「横浜開花物語・馬車道の人々」下関市民会館
   17日同 広島公会堂
   18日同 岡山市民会館
   22日「舞踊集団菊の会忘年会」 椿山荘
   31日~1日京王プラザホテル主催「年忘れバラエティショウ」
 1月 2日京王プラザホテル主催「新春ディナーショウ」
    2日~4日「横浜ドリームランド新春を舞う」横浜ドリームランド
    3日高輪プリンスホテル「新春ディナーショウ」
    7日「大潮関700勝記念祝賀会」ホテルオークラ
   12日民音主催「横浜開花物語・馬車道の人々」熊本市民会館
   13日同 久留米市民会館
   14日同 鹿児島県文化センター
   15日同 福岡市民会館
   16日同 小倉市民会館
   29日東京「日清食品ビル落成記念式典」
   31日民音主催「横浜開花物語・馬車道の人々」渋谷公会堂

グラフィックス1月回顧1
http://jp.freepik.com/free-photo/sound-mixer-2_36826.htm
17歳で母親と死別した後に劇場・ホテル等のサウンドサービス、いわゆる音響ミキサーとして各方面からお仕事を戴いていた当時の年末年始スケジュールの一部である・・。
技術屋サラリーマンで毎晩帰宅の遅い父をアテに出来ず、9歳年下の妹の生活の世話が一番気に掛かった・・。

詳細が判明するものだけで2年分の年末年始のスケジュールを重複して記載してみた・・。
10代後半から20代前半、助手では無く、唯一責任者としてのトラック1台分の音響業務だ。

人生経験のまだまだ乏しい若造の肉体・精神に、この一連の業務が如何に“過酷”で在ったか、業界経験の無い方に、お察し戴ければ幸いである・・・。

時代は高価な業務用音響機材と言えども、不安定な部分はアナログ時代故あちらこちらに散見した。
加えて、繊細且つ慎重かつ大胆な音響操作を現場は要求する・・。


青春を謳歌しながらも、裏で肉体的精神的プレッシャーのリスクを孕んで進行したのである・・。


5年6年こうした忙殺気味の日程を消化したらば、身体が破綻した。以前の当ブログで既にご紹介したのでここでは触れないが自立神経と肝機能を失調した。

自ら選んだ“道”なれど、身体は“NO!"と叫んだのだ・・・。(以下次号)


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恥を跨ぐ、年を跨ぐ夕暮れ時・・。

窓の外は静まり返っている。
新年を迎え、驚いたコトにもう10日以上が過ぎ去った・・。

「6日の日はフィリピンに居たのに、モウシゴトダナ・・。」
自動車メーカーで正社員として長く働くカミサンが、出勤日の前夜、なんだか遠い事の様に呟いた・・。

グラフィックス1月
(出迎えの空港デッキにて)
とても充実した休暇であったようで、実家連中のFacebookの画像はどれもこれも溢れる笑顔ばかりで、観ているこちらもつい、楽しくなりまた涙も出てくる・・。

あまりにも、幸せそうだから・・・。

さかのぼれば大晦日から元旦は、歳相応に実にさまざまな境遇で思い出深い。
小学校中学校の頃、亡くなる前の母親は数日前から正月料理の仕込みに取り掛かった。
黒豆を煮込み、鰹節を削り、大根人参を千切りにし・・、元旦の朝、色鮮やかな和服で着飾り、わたしに御餅を焼くよう指示し、濃い潮汁で雑煮を盛り付けた・・・。

母が急逝した高校生の年の大晦日、9歳下の妹を連れ買い物で賑わう東京・阿佐ヶ谷の商店街をお節料理の材料を求めて歩いた・・、なんとか母親が居た時と同様の正月を迎えたい、と、必死で重箱を隅まで埋めるために盛り付けを思い起こしながらひたすら歩いた。うっすら涙が師走夕暮れ時の光輝く街に滲んだ・・・。

グラフィックス新2
http://photo-chips.com/kiyaku.html

成人して後、各地の遊園地で開催される催事に合わせ、元旦から舞台音響操作の業務に追われた・・。
家に残した妹の事が気がかりで仕方なかった。

報道局に在職時は、帰省先を持たず郷里が東京という理由から必ず元旦から三が日は午前中2項目程度しか扱わないニュース番組の為に明治神宮へ撮影に出掛ける担当であった・・。
お節料理の重箱詰めは、相変わらず続けた。


そんな数年後のある年の暮、当時東京・世田谷の弦巻で同棲していた女性が、ふたりの生活の為にわたしがローンを組んで購入した決して安くは無い家財道具一式を、わたしが忘年会旅行で箱根に外泊した隙に、カーテンから絨毯に至る全て無断で持ち出し、蒸発してみせた・・。
クラリオン・ガールの「宮崎ますみ」氏や結婚前の「野々村 真」氏が住む真っ白なレンガ造りのマンションで、わたしはひとりカーテンの外された新築の部屋の窓枠からはみ出さんばかりのデッカイ、それはデッカイ太陽がゆっくり、ゆっくりと沈むのを見詰めながら、真っ白になった頭を整理するのに追われた・・・。闇が迫っていた。

グラフィックス年2
http://komekami.sakura.ne.jp/wp-content/uploads/pa048910.jpg

世田谷警察の刑事が家財道具の保管場所と彼女の連絡先を調べ、仲介し、大晦日の夕刻、東京・渋谷の道玄坂のガラス張りの大きなウインドウの在る喫茶店で落ち合った・・。相手は悪びれるそぶりも見せず、強気で居た。

天涯孤独な事情の彼女は家財道具はどうしても欲しい、と云う・・。
住む相手の無い世田谷の住居は、既に解約しており、これ以上の出費(家財道具を彼女が保管する倉庫の代金)は自分にはどうにも為らない。


「貴方はもっと大物に成ると思うわ・・。もう会うことは無いわ・・。」


全てを諦め、傍らに同席した妹を連れ、道玄坂の喧騒から更に立錐の余地も無い東急東横デパートの「東横のれん街」でお節料理の買い物をして歩き、都営バスで阿佐ヶ谷の実家へと帰った・・・。
バスのヒーターが利き過ぎて、足元が熱かった。


その後、正月明け7日月曜日からのナマ放送の番組の制作準備に追われる年・・。
カミサンとの結婚の為に日本で作成した「婚姻要件具備証明書」を持って暮に渡航した年・・。
大阪本社の人材派遣業に営業職で勤務した当時は年の暮に40名ほどの人員を集め老舗百貨店の正月催事に合わせた商品搬入と接客運営補助を取り仕切り、慌ただしく過した年・・・。


ああ、今回は決して楽しくは無い正月であった・・。カミサンは楽しかったらしいが・・・。


もう、暮の街を涙ながらお節の材料を買い歩くコトはすっかりしなくなった・・。



昨年の秋、偶然たどりついたのだが、驚いたコトに東京・渋谷で大晦日に別れたくだんの彼女は、とある高級ネットショップで水着モデルをやっていた・・・。異国の海で押し寄せる波と戯れていた。(年齢は不詳のムードだが)
人様に手間を掛けず、幸せに遣っているコトを望むばかりだ。



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最後のひとこと・・。

暮れに家のスグそばの「イトーヨーカドー」で年越しの買い物をした・・。
あいにく、いまだ調子がすぐれないが、レトルトのお粥に「ゆかり」のふりかけと味塩の宴では心が萎えてしまうので、
ここは喰えないのを無理して、手ごろな刺身盛り合わせと中華オードブルと蟹イクラ飯、ついでにコンビニで激安発泡酒も購入。
Facebookを通じて“心配”してくるカミサン対策に、ちゃんと食べてる証拠画像を偽造した・・。

グラフィックス新年10
なんとも侘びしい画像だが、テレビ電話でカミサンに見せたら安心したようだ・・。
(繊維質が豊富でお腹に良いとネットで知ったラッキョウ以外、実際はふた口み口手を付けて捨ててしまった)

テレビ東京が東京12チャンネルと呼ばれた頃から、大晦日の全国他局への番組ネット販売実績を誇るTX『第46回年忘れにっぽんの歌』。4時間半のナマ中継。東京・五反田から渋谷NHKに急ぐ歌手が先頭で順に歌いだす。

番組中盤『夏祭りにっぽんの歌』同様の企画モノコーナー。
富士山の世界遺産登録を祝い日本各地の歌めぐり・・・。
グラフィックス新年3
(テレビ画面より)

うわぁーーっ
(声出てないし、いい歌がイメージと合ってねーし)
「きょーとー、おーはら、30000トン・・」

グラフィックス新年5
(テレビ画面より)

とてもただの「郵便貯金ホール」とは思えない、空間構成、渾身の舞台美術・照明演出が冴え渡る。
司会は日本を代表する「徳光和夫」氏。

グラフィックス新年4

うわぁーーっ
(誰か勇気ある方、ご本人に教えてやっとくれ、上から下まで、キモチ悪いデスよ、と)
キミのー、ろーごぉーは、どーお、なっちゃー、うのー?

グラフィックス新年6
(テレビ画面より)
左からお2人目は民謡歌手のポリドールレコードの大御所、右のお2人は普段着の見事な“O脚”の方がた。
身長体格のバラバラな感じは冒険アニメみたいだ・・。

グラフィックス新年7
(テレビ画面より)
やっぱ、コレでしょAX『笑ってはいけない地球防衛軍』。
グラフィックス新年18
(テレビ画面より)
番組の「素材」に為っている「ガースー統合プロデューサー」氏が局内慰留を固辞しており、今回の製作が最後では、との憶測も在る・・。併せて番組打ち切りの続く「浜田雅功」氏の去就も注目される。

グラフィックス新年8
(テレビ画面より)
で、『こーはく』。
事前に巷間騒がれたホド、キョン2の歌唱部分以外、見モノ感がナカッタねェ、構成を引っ張る為、雑で粗くて、GMT要らないねェー。


夜11時、特別にすることも無く、テレビもネットも飽きてしまった・・。
乳幼児期を除いてハジメテ、深夜0時の新年を待つこと無く、ベッドに倒れこんだ・・。まだ、調子が悪い・・。



カミサンたちと別れ、4日ぶりに「ヒト」と口をきいた。
「イトーヨーカドー」の食品売り場のレジのご婦人と・・・。


「袋クダサイ・・。」これが、年末最後の「ヒト」との交流と成った・・。


古い記事も充分に面白い『ヤメディレクターの後悔懺悔粉飾人生』
是非、過去記事もお時間あれば、ご覧くださいネ!



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12

31

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ああ、幸せなる年マタギ。

いろいろと、小うるさいカミサンが居なくなり、することも無いので調子に乗って暴飲したら一発で胃痛と水便に襲われた
夜勤の仕事が始まり、食生活と睡眠が急激に不安定に成ったコトに加え、カミサンたちの出国騒動・・。
我が身体には相当ストレスだったようだ・・。胃がお疲れのところに飲んじゃった。
胃薬はいろいろ買い置きがあったが、下痢止めはカミサンが持参してしまった。取り敢えず胃薬を飲んでヨコになる。
脂汗をかき、お尻からビュービュー便を流し1日が過ぎた。スポーツドリンクと正露丸を手に入れたいが、ビュービュー便が止まらない。肛門はタダレ、オロナイン軟膏を塗ると楽になった。

二日目の夕刻、便意の薄い頃合を見計り、レトルトおかゆとバナナを含め、篭城覚悟で買い物に出た・・。
68キロを超えていた体重は僅か三日で65キロに成った・・。小便がでたのも三日目。

グラフィックスラスト5
(テレビ画面より)
そんな体調の悪い午後、BS Twellv『片岡鶴太郎のにっぽん蕎麦紀行 東京・狛江志美津や』
研究の末の熟成蕎麦を食べ比べ。
番組公式HPは、彼のコトを『平成の魯山人』と呼ぶがあきらかに言いすぎであろう・・。
「訪ねて」、「ご主人蕎麦打って」、「薀蓄ダラダラ」。これでラストへ。

グラフィックスラスト6
(テレビ画面より)
番組ラストは味わった蕎麦の感想を“右利き”なのに“左”で一筆シタタメテ終り・・。

グラフィックスラスト7
(テレビ画面より)
BS Twellvの放送枠だが、製作母体はCSの「旅チャンネル」。
親会社は異業種合弁で設立されるも資本金の増資減資を繰返し、相次ぎチャンネルから撤退、現在米国タイム・ワーナーの傘下にある。
この親会社へ、過去わたしも制作への参加を打診されたが、環境が悪くお断りした経緯があった。
放送用撮影機材は提供する、取材後のVTR編集室は提供する、だから制作費は格安のグロス・ナンボで請け負いなさい、と当時としては斬新“風”なビジネス・モデル・・。

なにしろ、予算を持たず(推測だが)巷溢れる蕎麦に関する情報本の中から由緒ある蕎麦打ち名人を順に紹介しているに過ぎず、「薀蓄ダラダラ」部分が長く、テレビ的に間延びし過ぎ・・。
取材・構成が多角的で無いのだ・・。5分番組程度の内容。

紀行モノとメイ打っているわけであるから、旅の風情、ご主人の人生を投影した蕎麦の味、人情描けてしかり、制作予算が無くても、制作会社や演出が変わればもっと違う表情が出る・・。
番組タイトルを「鶴太郎」氏に“左手”で書いて貰った時点で自己完結してる・・。

グラフィックスラスト4
(以下Youtubeより)
CX『オールナイトフジ』(昭和58年:1983年)
鶴ちゃんが、輝いていたバブル時代・・。素人女子大生相手に局部露出を楽しんでいる様子・・。

グラフィックスラスト2
鶴ちゃんが、輝いていたバブル時代・・。妻が家出し留守の間に娘を犯そうと布団をめくり断念、最終的に長男が肛門性交させられ、翌朝お尻にガムテープを貼り登校する・・。

グラフィックスラスト20
(筆者注:Youtube画面はマスク無し)
グラフィックスラスト21
局部丸出しで銭湯を歩く幼女に興奮勃起し湯船から立ち上がれなくなる鶴太郎親子の様子・・。
他に男性器が露出してしまっている場面もある。

このあと約2年後に、郵政省(当時)の是正勧告に基づき深夜放送全般に性描写公開についての修整が入る・・。


その夜、多角的取材構成で見せるのがBSジャパン『桑田式スポーツK営学』。
早稲田大学院にてスポーツビジネスを学んだ「桑田真澄」氏。
なかなか目の笑わない方だが、ご自身の看板番組とあって、企画がユニークな一味違う意欲作です・。

グラフィックスラスト8
(テレビ画面より)
この夜のテーマは、地方倶楽部の健闘、成功するアメリカサッカー界、Jリーグの未来展望・・・。

グラフィックスラスト10
(テレビ画面より)
ベトナムの人気選手を札幌のチームへ招き、日本の試合をベトナムでパブリックビューイング、それにより巻き起こる無数のビジネスチャンスを伺う企業像を追う、多角構成。

グラフィックスラスト12
(テレビ画面より)
グラフィックスラスト14
(テレビ画面より)
グラフィックスラスト9
(テレビ画面より)
「桑田」氏を補佐する女性司会「大橋未歩」氏の仕切りもなかなか素晴らしい・・。

番組内で使用するフリップ、VTR構成、ゲスト陣のトークどれも見応えが充分に有り。
美術セットとライティングも独特で、ザッピング中に目を引くなァ・・。

昔、バニーガールの居た銀座のはずれの『エスカイヤー倶楽部』を思い出す・・。


で、前日のBS朝日『熱中時代 大人のランキング』。
「桑田真澄」氏のそれと美術・照明だけ比べて味噌

グラフィックスラスト15
(テレビ画面より)
ゲストに三越伊勢丹HDの社長を招き、「進藤晶子」氏、「鴻上尚史」氏とキャスティングは申し分無いのに、薄っぺらそうに見えるでしょ
「ヒト」。そこに座り、語る「ヒト」が見えなくなる相殺セットだ・・。

グラフィックスラスト17
(テレビ画面より)
ナンデモカンデモ明るく当てちゃって、ウチノスタジオはこーーんなに明るいよーん

名づけて「ヒト殺しセット」。視聴者の目を肝心要の「人物」で無く、背後の美術に向けさせるデザイン、注視させてしまうデザイン。

グラフィックスラスト16
(テレビ画面より)
何度も申し上げている、マインド不在の美術・照明。ナンデモアルミパネル。何処でも小物目一杯飾り。

「MONOマガジン」と「東急ハンズ渋谷店」をぶらぶらして買い漁ったような小物陳列が“美術”と思い込んでる。
これが「テレ朝」美術の、ぽりしー&ふぃろそふぃー・・。
「鴻上尚史」氏あたりは演出も手掛けるから、さぞかし不満だろうねェ、こんな造形。


「熱中世代」=団塊の世代を中心に、50歳以上のミドルとシニア層。まだまだ熱いミドル世代!
 (番組HPより)

企画意図も曖昧だ。だから、セットにマグカップや60年代のアメリカンカルチャー雑貨が並ぶのだ・・。
これじゃ『ベストヒットUSA』だせ
美術が、曖昧な企画書を読んで、勝手に作っちゃって、照明がギンギンにただただ明るくするって・・・。
「人物」飛んでるべェ
「セットと照明」が主体って、どーいうチームだべェ


NHKやキー他局を見習いアソバセ。


あ、ごめ、チョット、トイレ
除夜の鐘の間も便所に居たりして・・・。


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07

27

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「手」と『手』。

このところ、早朝出勤と残業を繰り返すカミサンに付き合って、会社まで送迎をしている。
朝立ち寄るコンビニではカミサンが会社に着いてから飲む「ヘルシア」を、夜は迎え先近くのコンビニで自分用に「ダイエットコーラ」か「黒烏龍茶」を買う。

グラフィックス7末1

各々別系列の店舗なのだが、弱るのは両店舗ともつり銭の渡し方が「包み渡し」なのだ・・・。
朝は、年のころ30代後半くらいの女性、夜は上の店舗で20代の男性である。

ネット上で古くからこうした「つり銭」の渡し方、渡され方の議論が在るのは承知している。
働くスタッフの方の「容姿」や「性別年齢」をアレコレ揶揄するのでも無い。
 
だが見ず知らずの方に、彼らの「仕事」とはいえ、日常生活の「買い物」というありふれた活動シーンで、まったく「不意」に手を握られるのは、どうにも気が滅入る。

それも「毎回」、目を見て・・・。

そのコトがキッカケで「ああ、イイお店だな、イイ、スタッフさんが居る、また是非!立ち寄ろう!」とは成らない。
相手は「不特定多数の人」から、膨大な「硬貨・紙幣」を受け取り、店舗清掃と店外のごみも始末し、検品用ハンド・ターミナルを手にし、レジキーも打つ・・・。

某チェーンのように店内調理のファーストフード店でも、幾多のつり銭に触れた手でトレーシートを敷き、こぼれたポテトは直に触れて形を整える。此処でも、いちいちアルコール消毒なんかしない。

グラフィックス7末2
http://pro.foto.ne.jp/

精神を病んでいるワケでも無いので、大腸菌の氾濫は気にしないが、差し出した右手をいちいち「両の手」で包まれる「感触」が精神的に宜しくないのだ・・。
結婚指輪の贈呈ではナイじゃん

愛される接客 ~サービスの質を向上させる52のセオリー~愛される接客 ~サービスの質を向上させる52のセオリー~
(2010/04/22)
新川 義弘

商品詳細を見る


普段はひとりで「六本木・高樹町」や「飯倉片町」「渋谷・神泉円山町」界隈を飲み歩くのが好きであった・・。

この日は時間的余裕なぞナイのに「仕事」を早々に切り上げて、珍しく番組プロデューサー氏やAD連中と共に、とある繁華街の芸能人の知人の「店」へと繰り出した・・。


この日は某プロダクションでご活躍された「女性」もイッショであった・・。(どういう流れで合流したのか記憶が無い)

気さくな「人柄」のカウンター内の「芸能人マスター」と洒落た薄暗い店内で、一列に横並びになり、楽しく飲み明かした・・。


何かの拍子に、ふと、カウンター席の隣に座るその「女性」と「手」が触れた・・・。
酔った「力」をお借りして、膝上のその『手』を誰も知らぬ間に軽く「握った」・・。

腰から上では、互いに何食わぬ顔で「会話」に爆笑しつつ、時折「握り返して」くる彼女の『手』の感触はエロチックであった・・。

時計の「針」はてっぺんに近く、やがて同行した番組プロデューサー氏は酩酊して崩れ落ちそうな様子。

いつものパターンであった・・。(ひと眠りしないと手に負えないのでよく“放置”した)


「互い」に特に申し合わせたワケでも無いのに、『手』を引き合い、ADの子に二人分の「お勘定」をあらかじめ手渡し、脱兎の如く猛ダッシュで店を飛び出した

グラフィックス7末3
http://freephoto.bizutart.com/

ふたりで、「大笑い」しながら、『手』を繋いだママ、繁華街を走りぬけた・・・。


「自らの発する笑い声」に絡むように、あどけなく、同じように繁華街の軒先に響き返る「走りながら笑い続ける彼女」の「声」と、その瞬間の『手』の感触を、この歳に成ってもいまだ鮮明に覚えている・・。 


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07

19

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卒業と胎動・・。

日本の学校はそろそろ待望の「夏休みシーズン」を迎える・・。

カミサンの故郷ではこの6月から姪っ子や甥っ子たちの「新学期」である。
立派に大学を卒業したファミリーもいる。
グラフィックス卒1
中央で手に膝を付いているのが姪のメラニーUST-AMV College of Accountancyにてのスナップ。

フィリピンの高等教育への就学者数は、近年240万人前後で安定的に推移している。
私立大学が全体の9割を占めるが、経営的に学生を集めることが容易な大都市への立地が多く、地方の学生にとっては就学へのアクセスに困難が伴う。
グラフィックス卒2
経済商業の中心マニラ首都圏 周辺に数多くの私立大学が。

「ヴィサヤ」「ムスリムミンダナオ自治区」「サンボアンガ半島」等、所得の高い首都圏を離れると「地方」では学校を「整備」しても、その学校に通うための交通費が払えない、行事などの際の費用や制服が買えないといった事情と、教育を受けても「地域」に「就業の場」が無いなどの理由から、そもそも「就学の意欲」が低下し、結局家庭を支える為、義務教育途中の小学過程で多くが「離脱」してしまう。

更には「少数民族」などで地方言語を話し、「公用語」による授業が理解出来ない、スラムなど公的な教育サービスが行き届かない地区の児童の存在など、地方地域別の平均所得水準の高低が最終到達教育段階と深い相関関係を持ち、「連鎖」を断ち切れないジレンマにある・・。

グラフィックス卒3
やはり今年卒業を果たした姪のデズリー、卒業式の講堂にてLyceum of the Philippines University
一番上の画像の姪メラニーの父上は日本から中古車輸入の貿易を手掛け、学校も経営する日本のアニメオタクの資産家嬢。一方のデズリーは長距離大型貨物船で航海する父上が、ひたすら「稼ぎ」育てた・・。

グラフィックス卒4
こちらはひと足早くOur Lady of Fatima Universityを卒業し、地中海沿岸と世界を結ぶCelebrity Cruisesなる豪華客船の乗船クルーとして勤務している姪ジンローズ・・。
航海のオフ日には世界の名だたる観光地での羨ましいばかりのスナップ画像がFaceBookにUPされる。

グラフィックス卒5
一番小さな赤ん坊がデズリー、左下シャツを掴んでるのがジンローズ。

ナンテコトだ、皆、おーきく成るスピードが速すぎるゼ

カミサンと一緒になる時、あるテレビ朝日の先輩はご自分の経験から「ハタノ、止めといた方がイイゾ、大変だぞ・・。」と云われた。
一方で、東京での披露宴を取り仕切って下さり、現地での結婚式にまでお見え戴いた映画監督で映像会社社長からは「ハタノクン、彼女と一緒になると云う事はカノジョの「家族」もキミが「背負うんだ」よ・・・。」


結婚して18年、ほんの一時期、経済的に彼女の家族全体が困窮したコトは有ったものの、皆、「自力」で往く道を紡いで来た・・・。
この国の日本に嫁いだ「嫁様」に、親が「国際電話」で金銭を無心する話は、カミサンやわたしのまわりで盛んに耳にした。(悪気は無いのだ)

わが子を設けなかったことも、幾分、功を奏した面が有る(マイナス面は勿論)。
カミサン同様先に日本に嫁いだ「姉」が経済的に裕福な家庭に嫁いだのも更に「事態」を軽微なものにした。

グラフィックス卒6
左はジェリーメイ、右はアヤヒー。西部海岸の別荘地にてわたしが収めた1枚。
親御さんたちの苦労はまだ「先」が長い・・。

わたしにも、この歳でも『夢』は有る・・・。
これら素敵な「家族」に世話を掛けずに「しあわせ」に生きて往かなければならない。


また、まだまだ、「歩いて往く」のだ・・・。まだ「逝けない」


「イクトキ、イッショ」いや出来れば迷惑を掛けずに「先にイキタイ」・・・。


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07

18

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卒業。

某自動車メーカー系の物流企業の「役員」から、このブログ記事について誠に不可解な「因縁」をつけられ、直属上司が「本社」に呼び付けられ、わたしの「解雇」を「体裁」ヨク不当に迫り、譲歩した上司は「部下」への「体裁」を張るため、わたしへの事前通告無き「賃金引下げ」を敢行し、対して「抗議」と「降参」の意味合いを込め「FAX」2頁に「退職理由」をシタタメ「社」に送付したらば、1本の「電話」すら無く、半ば『もう、お前の相手なんかしてらんない』の如く、「無言」で「自己都合退職」扱いの離職手続きをしてきた・・。


わたしの廻りのあらゆる「人」は『組織』の中の「大物」過ぎる相手故、見て見ぬフリを決め込んだ・・。
まあ、仕方ナイ・・・。皆「弱者」なのだ・・・・。


元請先の企業で、皆の協力で相次ぐ「企画提案」を実行し、私費で「自社」の為ならと元請先催事にも積極的に参加し、「表彰」も数度授与され、「規範」となるべく「あらゆる活動」を実行した。

その「経緯」を踏まえ、状況比喩を匿名に継ぐ匿名である「事案」を批判したら、とある「役員」が『許せーーーん』と言い出した・・・。

その言葉ソックリ「あんた」に X2で「お返し」する・・。
アンタ自身が「自社のコンプラ違反」!!



この先、御社で何か「不祥事」が起きても、まさか、わたしの名を「官憲」に出さないでね・・。

わたしは、そんな「悪い」ヒトじゃないヨ・・。そんなコトで「恨み」晴らさないでね・・・・。

「〇ンチュリー」のオッサンへ、お願いしときます・・・。

「港」のコワイカンケイの「フロント企業」の下部組織に、わたしを潰す「依頼」なんかしないでね・・・・。


さて前を向こう。


私事をあまり明らかにすると、何されるか判らないので、書かないコトにする・・・。
ひとまずは、また明日・・・。

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07

15

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あしたの先の「道標」・・・。

「海の日」の窓外は、暑さで静まり返っている・・。
この9月で、この糞人生を綴ったわたしの『ブログ』も2年目を迎える・・。

ありがとうございます・・・。

こうした「形」でわが内なる『恥』を少しづつ振り返る「コト」は、ネット上で『リンパトレナージュ』しているようなものデス・・・。
20000回という、およそ想像のつかない回数をご訪問いただき、その事実に愕然としています・・。

もう何年前からであろう?「セミアダルトブログ」の分野に『あうらさん』なる子持ちでいて、ご自身のマイクロビキニ姿を公開する「セレブなママさん」がおいでになる。
ご近所やらご親戚やらの「目」は、憚らず「目隠し」ナシで、「か細い身体」に製造縫製メーカーから取り寄せた「極小水着」を「公開」すると、猛烈な勢いで「閲覧数」が急膨張し、その様子は「日刊タブロイド誌」でも長く紹介された・・。(現在は諸事情の為か閉鎖中)

「閲覧進度」のスピードが“もの凄い速さ”で、ご本人が嬉しくも戸惑っていた様子が垣間見えた・・。

どのみち「公開」するからには大勢の方にご覧戴きたいが、「無かったコト」をこと「センセーショナル」に、つまり「嘘」或いは「虚飾調」で創り上げたのでは、哀しいのだ・・・。

わたしがファッションセンター「しまむら」の「Tバック」穿いて振り返った画像をUPしたところで、どうなるもんでも無いしなァ・・・・。


日に日に薄れ往く「景色」と「思い」はこの「ブログ」で“後悔しながら懺悔”して参ります・・・。

ゆっくり、とね・・・・。

ありがとうございます・・・、是非またお時間ある時に、覗いてみてください!!
メール・拍手のたび、涙して喜びを噛締めています、お待ちしています、お気軽に、お気の毒・・。



20000回かァ・・・・、カミサン20000エンくらい「ボーナス」から クレナイカナァ・・。
イマスグなら、2000エンに負けとくけどなァ・・・。


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07

13

コメント

「下心」に物陰から「キュー」!

NHK BSプレミアム『にっぽん縦断 こころ旅』。
月~金毎朝と土日は総集編。わたしは週末“どっぷり観”するのが好きだ。

グラフィックス火野8
(テレビ画面より)
俳優「火野正平」氏が「視聴者葉書き」をたよりに愛車"チャリオ"とともに人々の「こころに生きる風景」を訪ねて歩く、「紀行番組」。過去2年間で、36道府県3600kmを走る。

グラフィックス火野6
(テレビ画面より)
撮影工程の殆どがサイクリング自転車の車上映像。
昔なら、ハンドルに括り付けたカメラでの移動撮影画を、高規格の放送用信号で取出し「全天候収録」なんて大変な「物量」と「調整」を要したであろう・・。(撮像管自体が振動に弱く、重く大きく、万一転倒したりしたら「始末書」もの)
カメラ調整や自転車修理の様子は番組HPでご覧戴ける・・。

グラフィックス火野7
(テレビ画面より)
防振台に装着されたカメラでの「下り坂の滑走感」と「シャーーーッ」と風切る「チェーンのノイズ」がこの番組のみどころ

グラフィックス火野4
(テレビ画面より)
わたしの世代だと、ロングヘアーのもっと「不安定」な趣きの「人物像」しか存知あげなかったものだが、「完全なる誤解」であったようだ・・。今月末、新作大作映画にも「東條秀樹」役で登場する。

ロケ中も、もっと制作スタッフを困らせながら、多少、狼狽させながら「旅」しているのかと思いきや・・。
さにあらず。

同局に『世界ふれあい街歩き』なる有名な新機軸の「旅番組」がある。
こちらは、通称「ステディカム」という、バネが仕込まれたアームを介して、腰で支える構造の装置で街中を「フワフワ」漂うが、ナレーションもあり、テロップもあり、観光としての情報枠もあり、現地の役者も登場してしまう・・。

グラフィックス火野5
(テレビ画面より)
番組中、無用なテロップや音楽もナレーションも無く、「グルメ」する訳でも無く、ひたすら「火野」氏の独白か、後続スタッフとのコミュニケーション会話のみで淡々と、休憩を挟みながら「目的地」目指す・・・。

『情報番組』から離れると、こんなにもいい意味で「ルーズ」に呼吸しながら「創れる」のだなァ・・・。
番組HPのブログとフォトアルバム、どちらも「旅情満点」で素晴らしい・・。
http://www.nhk.or.jp/kokorotabi/index.html

で、「呼吸」が噛み合わないのが『あまちゃん』の「アキ」。
グラフィックス火野2
(テレビ画面より)
役者デビューのこの日、撮影現場でのNG、42回
グラフィックス火野3
(テレビ画面より)
「下積み」が全く無い「役者デビュー」。フツー在り得ないねェ・・。止まらぬNG連発の上に、ディレクターに怒鳴られまくり、現場で焦りまくるADクン。


東京・千代田区に「新霞ヶ関ビル」が竣工した当時、テナントに「NTT」が入居していた。
季節は今時分の7月。「デジタル・ビジネスホンαシリーズ」の商品プロモーションVTRの演出を担当した・・。
広大な新築オフィス・フロアーを土曜の全館休日に併せて「借り受け」た。

若き頃の「大島さと子」ソックリの中堅の「声優プロダクション」に所属した(自分好みの)タレントさん(お名前を忘れた)に「キャスター」役をお願いした・・。
グラフィックス火野30

ビルディング脇でのオープニング撮影に「美人キャスター」氏は「色鮮やかなオレンジ色のジャケット」を身に纏い颯爽と登場した・・。(綺麗だ・・・。)


夏場の早朝からのロケ故か、「美人キャスター」氏は少し「噛み気味」で、初っ端からNGを連発した。


「嫌な予感」がした・・・。綺麗なんだけどなァ・・。)


ナントか屋外部分を終了し、「NTT」の営業フロアに全員移った。
照明機材やカメラ用「移動車」をセットしてズラリ「ビジネスデスク上」に並んだ商品とエキストラさん達を交えての「美人キャスター」氏の「前フリ」シーン。

「じゃ、リハーサル行きましょう

「美人キャスター」氏の説明に併せて、忙しそうにエキストラさんも芝居を始め、カメラも彼女と共に「レール」移動する「トラック・ショット」収録。

先ほどの「屋外シーン」と同様、「美人キャスター」氏、「リハ」からどんどん「噛んだ」・・・・。

あれれ、手配した声優事務所のマネージャーから聴いた印象と違うなァ・・、下手だなァ・・。)

当時、「カメラテスト」を経ずに、「宣伝パンフ」のプロフィールと彼女の「ボイスサンプルカセットテープ」のみで「審査」し、「スポンサー」側に「了解」を取り付けてしまった・・。
大きな「瞳」、透き通った「髪」、「スーツ姿」がキマル「理知的」」なタレントさんであった・・。
綺麗だもんナァ・・。)

その「手抜き審査」は、しっかり「撮影現場」で裏目に出た、出ちゃった・・。

全館休館日により、恐ろしいコトに「ビル空調」は「全館停止」。
バリバリの新築高層ビルで物凄く「気密性」が高い・・。照明も多用しているので、「室温」はあっという間に急上昇
「美人キャスター」氏も、額に汗が噴出し、休憩を挟んだ・・。
スタッフの吸う煙草の吐いた煙が顔の前で「静止」してしまう・・。微塵の風も侵入しない。

「リハ」ばかりしても、相変わらず「噛み」まくりで仕方なく「リハ本番」に切り替えた・・。
撮影当初こそ「美人」の登場に現場は皆、鼻の下を長くしたが、あまりの「下手さ」に、代理店、エキストラ、撮影部、皆イラつき始めた・・。

ヤバイ、オレのセキニンだ・・、綺麗なんだがナァ・・。)

NG21回目で、ようやくOKを出した。それ以降、時間が詰まり台本の演出プランを大幅に変更せざるを得なかった・。
マネージャー氏はこの「美人キャスター」氏と共に、わたしの居る、録音作業中の渋谷のスタジオに出向いて「お詫び」に見えた。
スンマセン、下心のあったコチラが悪いのじゃ・・。

グラフィックス火野1
(テレビ画面より)
こういう場合は、この画像のマネージャーのように、「カメラ側」では無く、「ドア裏」から「キュー出し」するんだヨADクン


現場も気付いてやんなっテ

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06

18

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30年目に明かせる真実。失脚の経緯②。

流れる筈の「オープニング曲」が“深い闇”へと吸込まれ「ホール」に居た観客はもとより、オープニング出演者、他、舞台袖で待機中の出演者、全スタッフが皆、「凍りついた」であろう・・・。
グラフィックス最後3
http://jp.freepik.com/

瞬間冷凍・・。  


30年を経て、今尚、わたしの「脳裏」に、その光景は常に「瞬間解凍」出来る状態に在る。
どんな時でも・・・。
「殺人」や「交通事故」の”記憶 ”を背負うかの如く、「つきまとう」。
当時、若干22歳、今、52歳・・・。

2台のステレオ再生オープンリールデッキ、3台のモノーラル再生オープンリールデッキ、1本のMC用マイク、3本の舞台音声を収音するノイズマイク、4波4本の主役級や「挿入歌」を歌うタレントに持たせる、個別周波数帯のワイヤレスマイク・・・。
グラフィックス最後4
http://jp.freepik.com/
業務用音声調整卓には「検聴」あるいは「プリフェーダー・リスン」と云って眼前の調整卓まで「音声信号」が問題く届いているか、ヘッドフォンやモニタースピーカーで確認出来る回路が在る。

在籍した「舞踊団」の劇場音響業務から、殆どの都内大型ホテルでのコンベンション・サービスの催事音響、デビュー当時の松田聖子氏から他幾多のアイドル歌謡ショウ音響を足掛け7年、致命的な大きな「事故」無く、勤めて来た。(細かな出来事は次回)それなのにこの始末。
グラフィックス最後1
http://jp.freepik.com/


「舞踊団の師匠」 (故人)の指示権は「絶対」で有る。
今更それについてトヤカク言及しない。

52歳・・・。

今のこの歳で、ひと通りの「社会経験」を積ませて戴いて思うならば、22歳のコドモ小僧にアレモコレモ、「不眠不休」で本人の「修行の為」にと「委ねる真似」は、わたしならば、絶対にしないであろうと云う事・・・。
それに尽きる・・・。


上演の舞台上では、「エンディング」に向けて若手の「仲間たち」が必死で「挽回」を「演じる」・・。
巻き戻す「針」は無い。
それでも「拍手」に包まれて「幕」は閉じたのだろう(記憶が無い)。
大幅に遅れた終演時間の為、大至急、撤収せねばならない。落胆している暇も「お詫び挨拶」に回る暇も無い。(他の事のように簡単に楽屋廻り出来る状況にも無い)

大阪の演出家A先生が「音響ブース」の見下ろせるデッキにやって来た。「澱んだ笑顔」が「こころ」に辛い。(スイマセンでした、位は言葉を交わしたと記憶する)その場の返答も記憶が無い。
大勢の撤収作業でごった返した筈だが、ここでも記憶は抜け落ちている。
唯一、覚えている光景が在る。

「砂防会館」ホールの真っ暗な駐車場での事。
機材の積み込みを終え、今度は「事務所」での積み降ろしの為に帰途に付こうとした時、東京・渋谷の「東横劇場」でも大変お世話に成った舞台照明チーフのT氏の運転するワゴン車が、わたしに近づいて来た。


「おつかれさまでしたァ!」折れた気持ちを奮い立たせるかのように、大きな声でご挨拶した・・。

メキッ!バーンッ!!わたしが足元に置いていたお気に入りの軽ジュラルミン製の私物入れトランクがワゴン車に轢かれ大きな音を立てた。
T氏はそのまま、素知らぬ顔で、クルマから降りるでも無くフルアクセルで暗闇の向こうへ走り去った・・・。(普段、とても温厚は方であったが、この時ばかりは、思い知れ!ってとこか)


おそらく、その日の深夜、 「舞踊団の師匠」に「お詫び」に行った。


 「寝たんだって?・・・。」 その言葉以外、どんな会話をしたのか覚えていない。
長身でギョロ目のF氏がチクったのだ)
「プロなら大事な時に寝るな!」ってところか・・・。


ボコボコに潰れたジュラルミントランクを両の手でしっかりと抱え、タクシーで夜中の自宅に帰った・・・。


これ以上関われない・・・。


中学入学と同時に踏み込んだ「舞台人生活」と「サヨナラ」する時が来た・・。
高校2年生の時に急逝した母に"死の前夜”「(舞台音響の世界で)一流に成れるよ!」と宣言して僅か5年・・。
わたしは22歳で、ひとつの「商業公演」を潰してしまった・・・。


数日後の夜、思いがけず、その「ミュージカル公演」で主役を務めたW君がわたしの自宅をわざわざ訪ねてくれた・・。
東京・阿佐ヶ谷の商店街の外れの狭い「お好み焼き屋」で、覚えたての「ビール」を飲み交わし、少し、話をした。信仰に根ざした、彼なりの「自信」に満ちた話であった・・。


これ以上関われない・・・。


「苦悶」し布団から出られなくなったわたしに代わり、「我が父」が自ら、2度と跨げなく成った「舞踊団の師匠」の元へ「退団」を願いに行った・・。


「辞める」と決めたら、少し「こころ」が軽くなる気がした。
「舞踊団の師匠」に「ご挨拶」する事無く、数日後の昼間、「事務所」に私物や自前の機材の一部を引き取りに行った。
山と積んだ荷物を玄関先で揃え、タクシーを待った・・。

「アナタハ、もう、ここの「ヒト」じゃ無いんだからね!」
創価学会の「金庫番」と週刊誌で騒がれた「N総務」のご長女が冷たく早く立ち去れ、とばかりにわたしを煽った。(精一杯の憎まれ愚痴なのだろう)
細身で、清楚で、色白で、グラマーな澄んだ栗毛色の彼女が、わたしは大好きだった・・。

わたしは「砂防会館」駐車場でトランクを轢き潰された時のように、またしても抵抗しようの無い「虚しさ」に打ちのめされた・・・。
レンガタイルの敷き詰められた稽古場玄関に、コの字型に敷かれた「スノコ」が飴色に輝いて居た・・・。



半年後、東京・六本木の映像制作会社に入社し長期「沖縄ロケ」の後、五反田の「ゆうぽうと簡易保険ホール」で開催された「舞踊団」の夏の新作公演を、真っ黒に日焼けした顔でフラリ、観に訪れた。(これも馬鹿まるだし)

生憎、舞台は殆ど終演近くで「フィナーレ」しか拝見出来なかった・・・。
公演の熱気覚めやらぬ楽屋出口に向かうと、「仲間たち」が口々にわたしの名を呼び、笑顔と歓声の中で小突き廻された。

突然、その中から笑顔の「師匠」が現れニコニコしながら、「マッタク、楽屋にくらい!挨拶に来るモンダヨ!」と「大きな手」でわたしのお尻を叩いた・・・。
その「夜」の五反田駅周辺は、とてもまばゆく「輝いて」見えた・・・。


いくつもの「夏」が過ぎ、わたしもテレビ朝日を経て、千葉テレビの情報生番組に携わる。


「小谷実可子」氏のシンクロスイミングの演奏曲を作曲する女性や、グラビアアイドル「小栗香」氏のマネージャなどに短編インタビューをするコーナーを設けたが、企画枯れから、「無作法」を承知で「舞踊団」で修行する、団員女性の「取材」を申し込んだ。(快諾を戴いたが、自分の立場が判っていない莫迦)

その番組が2クール目に突入し、「局舎」全体を利用した大掛かりな生中継を行った。

再び「師匠」にムリなお願いをして、「祭り中継」のゲストとして出演依頼をさせて戴いた・・・。

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当時、故・「黒澤 明」監督の映画「夢」の「振り付け」と「出演」の真っ最中で、超多忙につき「NGです!」と当時のマネージャー氏に一度は断られたが、 「師匠」ご自身が「出てあげなさい。」とご指示され、再びご足労下さった。

よる8時の生放送終了後、「黒澤プロダクション」が車両手配し、「舞踊団メンバー」をロケ地の富士山麓方面へ乗せ出発した。(申し訳無い気持ちでお見送りした)


幾年が過ぎ、やがてわたしが全国ネットの情報番組をいくつも担当するようになり、番組完成の度に「師匠」宛に番組宣伝の「番宣はがき」なるものを何度かお送りした・・。
18年前、結婚を機に「披露宴」のご案内のお便りを差し上げたらば、折り返し後輩で今や「舞踊団」の重鎮Tさん が、半端ではない厚みの「ご祝儀袋」を託されて、自宅に尋ねて見えた・・。


つい最近、その「師匠」が不覚にも突然、亡くなられたのを、かなり後でネット上の訃報サイトで知った。政財界・各国大使館関係者をはじめ多くの弔問を受けた・・。



丁寧なお礼を「微塵」も言えていないまま、時だけが無闇に流れ過ぎていつの間に「お別れ」となった・・・。
舞踊団のホームページに重ね重ね「非礼」をお詫びのつもりで、一筆お送りした(本来ならばお手紙を郵送すべきなのに)。


「師匠」先生亡き後、新代表を務めるH氏から、超多用な中を、又もや、ご丁寧なご挨拶の「お手紙」を頂戴してしまった・・。
これで、最早、一生、お詫びしつつ生きる他無い事を、更に自覚した・・。



長机下の垂れ下がったの音声信号ケーブル」2本は、「死ぬまで」背負うのだ。
グラフィックス最後5
http://www.cinematoday.jp/page/N0026556


ばかおとこの道標・・・・。



古い記事が、面白い、『ヤメディレクターの後悔懺悔粉飾人生』

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06

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30年目に明かせる真実。失脚の経緯①。

東京千代田区に「砂防会館」というホールがある。
グラフィックスタナカ1
Sabo Kaikan (2006.05.06).jpg

自民党最大派閥木曜クラブ事務所があり、「砂防会館」の名は当時の「田中角栄」氏の代名詞であった。
「ロッキード事件」では、主な現金授受の場所と認定された。

1982年・昭和57年わたしがまだ22歳当時、このブログで度々登場する『舞踊団』の公演が、ある日行われた。
関西を拠点にする「舞台演出家」を迎えての「ミュージカル作品」。

「浅利慶太」氏「日下武史」氏ら「劇壇四季」が、収益拡大とその先を目指し、新宿の空き地にテント劇場を仮設したのもこの年である。

『舞踊団の師匠』は「EXPO70大阪万博」や「都をどり」、「日劇」等日本の近代舞踊の「振付」をこなした方。
発足させた「舞踊団」を株式会社に格上げしたものの、年金・保険の加入は当時の情勢としても存在せず、元旦以外満足な休暇も無く、朝から終電車間際かそれ以降タクシーで帰宅する毎日。手取3万円。

38歳で急逝した母親の没後から5年、家に居れば家族の食事も洗濯もせねばならず精神的にはかなり「疲弊」していた、と思う・・。

関西の演出家A先生は、新宿新都心に程近い、シティホテルに舞台演出の制作期間中、連泊。
山の手通り沿いに在った稽古場にはタクシーで通った。

ホテルでの食事を取りながらの打合せ、お茶を飲みながらの打合せ、稽古場までのタクシー代、演出助手との食事代・・。全てわたしの自腹。(自腹というより間接的には我が家のサラリーマンの父が払っているようなもの)
「仮払い」はおろか「雑費経費」そのものを精算する「概念」が、誰にも無かった・・。

今、思い出すと腹が立つ。

制作陣は音楽作曲・制作、演出助手、構成脚本家、印刷物制作デザイナー・・・、皆、大阪制作。
それを、東京へ「持帰る」システム。皆、演出家A先生のブレーン。

オーケストラ編成の音楽録音では大阪のとあるレコーディングスタジオへ、単身出向いて立ち会った。新幹線の交通費以外、事務所は用意しなかった。移動・打合せ雑費全て、またもや「自腹」。
グラフィックスタナカ2
MBS Senrioka Broadcasting Center.JPG

現地のコーディネーター(仮にB氏)は、逢わせたいヒトが居る、と何の関わりも無いのに、わたしを当時の大阪・千里の「毎日放送センター」へ連れて行き、ある音楽出版の重役に引き合わせた・・・。
今後、組む予定も何も無い・・。(自分が顔繋ぎしたいだけなのだ)

宿泊はB氏に阪急系の高級ホテルへ案内されたが、「そんな舞台予算は付いていないんですよ」とフロント・ロビーで丁重にお断りした・・。(宿泊費も自腹)

そのB氏の本業は「アド・コンサルタント」らしく、会社にも案内された。
演出家A先生はその会社の顧問も務める。
公演用のチラシ・・パンフ・チケットの印刷をB氏に請負ってもらう先生の指示。費用の振込先を知らされ、数週間後、指示通り支払を済ませた。

入金日の翌日、東京の事務所のわたしの元へ、B氏から猛烈な「クレーム」電話が入る。「印刷代をお支払い戴いていない様ですが!どうなってます?!」
狼狽・恐縮するわたしは、慌てて入金先の銀行へ問い合わせると、当時は丁寧に、「入金日に百科事典の引落に全額振り替え済みでございますが?」と言う。

あろうことか、B氏は個人名と法人名を連結させた口座に個人のクレジット契約金を意図して振り替えさせたのだ・・。
「作品」のマネージメントを預かる身としては『舞踊団の師匠』に経緯だけ説明し、「コト」をこれ以上荒立てぬ様にした・・。

東京・246号線沿いに「創価学会幹部」の経営する中華料理レストランがあり、その店舗駐車場のプレハブ小屋にA先生の取巻き、C氏が寝泊りしていた・・。
「ハタノ、チョット話が在るんやけど・・。」深夜タクシーで急ぎ向かうと、長髪のC氏が煙草を吸いながら待っていた。
A先生がな、当面の経費が足らん、と言わはってるんや・・・。」


何のことは無い。生活費の無心である。



仕方なく『舞踊団の師匠』にその旨伝えると、「普通、そういうお金はご自分で出すもんだけどねェ・。」と金庫から(領収証を切らずに)数十万円を取り出した。


ミュージカル公演で使用する「楽曲」は、わたし自身が「ステレオ音源」とするよう指示した。
「モノラル音源」と製作金額に差異は無いので、そう所望し、劇場ホールでも「ステレオ再生」を目指した。
これが、そもそもの間違いであった・・。
ホール既設の音響設備を利用する「発想」自体が欠如しており、音楽再生のオープンリールデッキから音声調整卓、PAスピーカーの全ての搬入設置を「外注」した。これも間違い・・。


通常のホール音響を賄う業務用機材は「舞踊団の自前」で充分揃えて在ったにも関わらず・・・。
22歳の小僧が、現場経験僅か6年あまりで、見得張って「トレーニングも積まない未知の機材」でオペレーションする・・・。(馬鹿まるだしである)


わたしはこのミュージカル作品の「舞台制作」と「舞台音響」の両方を担当した。


これが最大の間違い・・。22歳の小僧に両方は無理なのだ・・。
この歳になってみて振り返れば、それがどんなに「リスク」のあるコトかは容易に想像が付く。
子供の遊びや学芸会運営では無いのだ・・。フツー、片方で手一杯。

わたしを、その両の業務に配属したのは『件の師匠』ご自身なのだ。
数々の国際文化交流事業をこなし、文化庁芸術祭でも賞レースで優勝し、「スマイリー小原」氏も挨拶にみえるような「振付界の大御所」の「マネージメント」そのものの、失敗である。

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(2006/04/26)
スマイリー小原とスカイライナーズ

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東京・下北沢あたりの小劇場や公民館の催事とは内容も規模も訳が違う。


疲弊しきっていた・・。家でも、「舞踊団」でも。なによりも演出を始め大阪の取巻き連中の相手に数ヶ月、翻弄され続けた。

公演開催が迫ると、演出家A先生は東京・新宿の宿泊ホテルに作家のD氏を呼び寄せた。小太りでロン毛パーマで牛乳瓶底のような眼鏡を掛けた奇妙なヒト。(これでまた経費が増える)
ダンス指導の助手としてE氏も「稽古」に参加した・・。(これでまた経費が増える)
更には「ハタノが好きに使ってくれてイイヨ」と長身でギョロ目のF氏を不意に、あてがわれた・・・。(これでまた経費が増える)

大阪の演出家先生は「舞踊団」と演出契約をした訳だが、何の約定も交わさない中で、日ごとに自前のブレーンを呼び寄せてしまった。

「信越化学」なる何の脈略も無い合成化学企業からもG氏が「稽古場」に現れ、演出家A先生は「ハタノ、マイクスタンドでも何でも言えば作らせるヨ」等と、意味不明・頓珍漢に引き合わされ、22歳の小僧の混乱・狼狽に拍車を掛けた。


全てはわたしが「お相手」するのだ・・。


「砂防会館」ホールでの公演を翌日に控え、照明・大道具美術関係者も含め、前夜の稽古には熱が入った・・。
稽古中、演出プランの大幅な変更が在った。

このことに因り、演奏に使用する大阪でレコーディングした「楽曲」の演奏配列を全てエンディング迄、アタマから順に、「Aロール」「Bロール」各々編集し直す必要が発生した・・。
グラフィックスタナカ4
Open reel audio tape.jpg


「ハタノ、ワルイな・・。」最終稽古終わりに大阪弁で演出家先生は仰った。

「ハイ、ダイジョブです・・。」(全然、大丈夫では無い)


時計の針は夜10時を回った。これから明日のリハーサルに向けた準備だ。衣装・小道具・機材の積み込みの手伝い。大阪の取巻き連中を送り出したら真夜中に成った・・。
顔は冷たく、目だけが重く、朝から何も口にしていない、低血糖状態・・。(風呂も何日も入っていない)

傍には相変わらず長身ギョロ目のF氏が居る。(22歳のわたしには彼の為に「仕事」を造る作業自体が猛烈にストレスだった)

「喰わなきゃ、倒れる・・。」鬱陶しい思いでF氏を仕方なく引き連れ、新宿・歌舞伎町にタクシーを走らせ、当時、まだ店舗の数少ない「松や」で食事を採り、再びタクシーで明け方の事務所に舞い戻った。(この金もF氏の食事もまた自腹、取巻きは一切自分では払う気が無い)

「楽曲」の演奏配列を全てエンディング迄、アタマから順に編集し直す作業が残った・・。傍には相変わらず長身ギョロ目のF氏が居る。ただ、居る。
(敢えて手伝わせるコトは何く、この「音編集」作業は素人さんには手伝いは無理)
音声機材を前に猛烈な睡魔が襲う。


外が薄っすら明るくなり始め遠くで、雀が囀りだした・・。


久々に「松や」の重厚でしっかりした食事を採った「カラダ」は休息を強烈に要求した・・・。
(この場で進めるべき作業機会をあっさり失った)
「仕方ない、ホールで作業するしか無い・・・。」タクシーを急ぎ拾い、F氏を連れ「砂防会館」へと向かう。


「嵐」が来た。


「制作担当」としてホール管理者に挨拶、各セクションの搬入作業者に挨拶、チラシ・パンフの準備、それと並行して音響機材のセッティング、瞬く間に「貴重な作業時間」が「高速」で消えてゆく・・・。
グラフィックス最後2
http://jp.freepik.com/

「楽曲」の編集作業を始めると、途中さまざまに「声」が掛かる。
舞台効果で使用するドライアイスの業者が来たので「支払いをお願いします!」
「食事代金の精算をお願いします!」「何処へ置きますか?」「パンフは何処に降ろしたかしら?」

大阪の制作陣も順にやって来る、ひと言二言、挨拶を交わす。


リハーサルの時間が来た。


(ここで「ステレオ音源」での公演を諦めれば良かったのだ)
ステレオ再生可能な民生用テープデッキ×2台、SE等モノラル再生の放送業務用テープデッキ×3台。
大阪の演出家A先生に了承を求め、モノラルデッキで変則的に再生し、リハーサルを無事、終えた。

リハを終えても尚、制作雑務が残り、肝心な楽曲編集は「店晒し」になった。
(時計の観念の無い、子供な判断である)

「開場時間」と為り「客入れ」が始まる。

「客入れ」でスグ、「開演」時間。
舞台袖下に陣取った「音響席」で重苦しい「時間」が流れる。

編集作業は終わらない。(終わる訳も無い)

開演時間を大幅に過ぎ、一向に始まらない様子に客席が次第にざわつき始めた。
周囲を大勢に無言で囲まれた。(唾も出ない)


「アト、どれ位で終わるの?」


『舞踊団の師匠』はわたしを煽るでもなく、こう切り出した。
(見通しが正確に答えられる状況では無いが恐らく、適当に応えた)
マイク回線を1本空ける様わたしに指示すると、舞台の緞帳前で「挨拶と制作の経緯」をスピーチし始めた。


「発狂」しそうな状態で、「本番OK」を出せたのは開演予定を1時間半位は優に超えていた、と思う・・。(記憶が無い)


いよいよ、開演本ベルが鳴る・・・。舞台だけは何としても成功させなくてはならない。

わたしは、音楽再生用デッキのPLAYボタンを押し、音声卓の音量を上げた・・。
壮大な弦楽奏のオープニングテーマ曲が流れ(る筈であった)。


「無音」のまま、凍りついた如く、緞帳幕が開く。


「客席」はおろか、永田町の「会館」全体を「まっしろ」な空気が襲う。

グラフィックスタナカ5


「楽曲」の再配置編集に気を盗られ過ぎ、ステレオ再生のケーブルを、リハーサルの時間に間に合わせで繋ぎ変えたまま、サウンドチェックの精神的余裕も無く、そのまま舞台監督に「GO!」を出し、再生してしまったのだ。


仮設の真っ暗な長机の下にの音声ケーブルが垂れ下がっていた・・・・。
(今でもこの光景は目に焼き付いている)

以下、次回更新。


06

02

コメント

越え行く、時。

恒例の「スカパー!」無料放送月間がスタートした・・。

時代劇チャンネルで「素浪人 花山大吉」(1969年・昭和44年1月~1970年12月)を40年ぶりに観る事が出来た。
わたしが小学生の頃の作品。制作は「NET」と「東映京都テレビプロ」。
グラフィックス素浪人1
(テレビ画面より)
「NET」はテレビ朝日の前身、「日本教育テレビ」の英文社名通称。創立時の免許交付の条件は教育番組を50%以上、教養番組を30%以上をオンエアする事が前提であった。
わたしが在職中に、報道取材部の機材庫に「NET朝日」の名称が記載された廃棄機材が在った。

この番組の前作「素浪人 月影兵庫」は弥次喜多珍道中さながらの「コミカル路線」が人気を呼んだが、原作者の剣豪小説家・南條 範夫氏(故人)から「原作との乖離が甚だしい」とされ、急遽プロットはそのままにタイトルを変更し「続編」として製作した。

グラフィックス素浪人2
(テレビ画面より)
劇中の大半が、「故・近衛十四郎」氏演じる主役「「大吉」と「品川 隆二」氏演じる旅の相方「焼津の判次」のやりとりに終始する。
モノクロ作品ながら、ローアングルを多用した細かな「切返し」カットで軽妙な二人のやりとりを紡ぎ上げ、台本のト書き部分まで丁寧に描く。

グラフィックス素浪人4
(テレビ画面より)
テレビサイズの画角に飽き足らない、東映京都映画陣の遊び心溢れるカット。

グラフィックス素浪人3
(テレビ画面より)
画面右が「品川隆二」氏。
戦後のどさくさに紛れ、ゆすり・たかり、窃盗、ダフ屋、景品買い等の違法経済活動を行う不良グループの後、戸籍抄本に細工して「年齢詐称」し大学に入学、所属した「撮影所」子息の恋人を略奪した事から「不遇」を買い、転籍した「撮影所」では「労働組合活動」に傾注し「退社」。
当時、大人気であったコノ「当たり役」、ご本人は大嫌いだそうだ・・。

一方、画面左は「松方弘樹」氏の「お父上」。
第二次世界大戦でソ連軍が占領した満州で、終戦後武装解除し投降した日本軍捕虜として奴隷的強制労働の経験を持つ異色の猛烈な出演数を誇る「剣豪スター」。
苦労の割りに東映では二線級スターの扱いだった・・・・。
ソープランドやモーテルを経営しながら、晩節、糖尿病に苦しみながら荼毘に付す。

グラフィックス素浪人5
「父上」に「瓜二つ」の息子さん・・。(それにしても似過ぎだ)
名実共に、輝く「名声」は「親父」を越えたようだ・・。

想うに、わたしは、ワタクシめは、「父」を越えたのだろうか・・・。

「電気工学」に長け、「手先が器用」で、「美術造形」にも優れていた「父」・・・。
今、「非力」なわたしは、一体、「彼」から何を学んだのだろう
我が「死」を迎えるまでに、越えられるか
「父」のように「子」を二人、「世」に送り出し育ててはいない・・・。
既にこの時点で「アウト


比べるマデも無い、か・・・・。


もう、「無理」かも知れない・・・。
「無理」です・・・。


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牛皿回顧録。

「早い!安い!旨い!」
久しぶりに近所の牛丼の「吉野家」で昼食を取った。
お目当ては「牛皿」の大盛りと並みご飯、ごぼうサラダ。

牛皿に少しのお醤油を垂らし、カウンターの一味ふりかけを軽く一振り・・。

ヨダレがでてしまう・・。
グラフィックスあさいち牛皿

しかしながら店舗メニューにはいくら裏表を見回しても「牛皿」の記載が無い・・。
第一、昔から掛かっていた筈の壁掛けの「筆入れ木製札」も無い・・。

気の小さいワタシは、仕方なく「並とAセット」を注文した・・。


注文を終え改めて店内を見回してみる・・。

カウンター先のステンレス製のショーケース内が空だ・・。以前は特製の「お新香」が並んでいた・・・。

今にして想えば、甘辛味の牛飯に果たしてあの塩がキツメの「お新香」がマッチしていたのか疑問だ。
なのにあのショーケースに並ぶサマを見るとつい、手を出したものだ・・。

グラフィックスあさいち牛皿3
http://www.yoshinoya.com/about/new_style/index.html
公式ホームページでは家族連れや女性を意識して、清潔な店舗運営を一部謳っているが、実際にはほど遠い・・。

「日本マクドナルド」や「松屋フーズ」、「ゼンショー」のように店舗改装の資金余力が無く、相変わらず、「蛍光灯照明で薄暗く」「カウンターはくすんで汚い」のだ。「箸箱」や「紅しょうが壺」は手垢や汁ダレで汚れたまま放置。

掲示物の類いは殆んど整理され過ぎて、ほんとうに築地魚河岸の第一号店と客層に大差なく、工事関係の職人と外勤営業の御用達同然・・・。
厨房設備を除けば、夜逃げスタンバイOK!のムード満点だ・・・。

グラフィックスあさいち牛皿2
グラフィックスあさいち牛皿4
創業明治32年、上のテレビCMはわたしが中学生の頃のものと記憶している・・。


「吉野家」で必ず思い出すある「光景」がある・・。


国立文化財研究所の元所長で文学博士に「三隅治雄」先生という方がいらっしゃる。
わたしが在籍した「舞踊団」のご縁で、アフリカに視察にお出掛けになるといっては、成田空港にお見送りに行ったり、國學院大學での「聴講」にお招き戴いたりしていた・・。

現在の甲州街道と山の手通りがぶつかる交差点、東京・新国立劇場の向かいにその「舞踊団」の稽古場が在り、道の向かい側に当時かなりの坪数の広さの「吉野家」が在った・・。

テレビ出演や地方取材の多忙な合間を縫って、「先生」は「舞踊団」の「稽古」に立ち会った。
くだんのCMがテレビで放映され始めて、余程気になったのであろう、「先生」は「あの吉野家の牛丼を食べてみたい」と仰った・・。

お世話する係りの者がやんわり「反対」して他の出前を薦めたが、頑なに「召し上がる」と云う・・。
仕方なく、わたしが牛丼弁当(当時可能だったのか生玉子も)を買いに走った・・。

「先生」は食べ終えて満足そうに、熱い日本茶をすすった・・。その手には当時100万円した日本初の、国産デジタル時計が鈍い金色に光り輝いていた・・。




朝の連続テレビ小説の直後から、放送を開始するNHK「あさイチ」。
グラフィックスあさイチ1

本当によく出来ている。民放他局にはとても真似の出来ないきめ細かな「企画立案」「検証」、「データ放送」との自在なリンク・・。
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デイリーの朝ナマ番組で此れほどの「品質」を誇るのは、世界でも例が無いだろう。

番組連動のホームページも詳細で丁寧、「放送」というものが「人」の「生活」を側面から「文化的に、豊かに支援」できうる、ということをこの情報氾濫のご時世にきちんと「実証」している・・。

司会のお二人の「人柄」も抜群に功を奏している・・。

他人の「ゴシップ」や「飲食店食べ歩き」、「高級衣料品・宝飾店舗」の新規出店こそが「情報の定番であり王道」である、とその態様を「昭和」の頃より漫然と変えようとしない民間放送キー局一律の「思い込み」。
「少数」「弱者」を切り捨て、広告代理店「電通」に踊らされる「生活視点」こそ、現在のテレビ疲弊の源泉である・・。

「国営」の大規模な編成の製作陣容に叶うわけ無いダロ!莫迦!!と云われそうだが、果たしてそうであろうか?

国家中枢の首都東京で、生え抜きの東京人(と言っても東京は地方出身者の集まりだが)が製作するものを、地方は黙って受け止めて「流して」いれば済んだ時・・。

田中角栄元総理の人口100万人以下の小都市部でも「民間放送4チャンネル」を堅持させる配置政策により、番組製作能力の低い土地の、有力者の子弟で組織を固め、上級役員は東京から「派遣」し、こじんまりとした局舎を田舎国道郊外に建設し・・・。

そんな時代でも優秀な「放送人」が制作したのが、日本テレビ放送網の「ズームイン朝!」(1979年・昭和54年~2001年・平成13年)
グラフィックス朝イチ6

毎日・毎朝、全国の系列局が中継車を出動させ、それはもう、必死で創り上げた・・・。
東京・麹町の「日本テレビ」展示室を約4億円掛けて改装した「マイスタジオ」。
日本初のスタジオと副調整室を壁で仕切らずにスタジオ背景とする「演出」が大好きであった。

通信衛星を使用したお仕事で、その「マイスタジオ」で映像スイッチャーを勤める「Mさん」、音声ミキサーの「Oさん」らと長くご一緒したが、早朝の「番組運営」のサマは、傍から見て「壮絶」に見えた。

深夜から早朝にかけて勤務し、さらに他の「日中」の放送業務もこなさなくてはならず、「健康」の維持と「睡眠不足」との日常的な葛藤・・。

一時在籍した技術制作会社「C」社も「ワンポイント英会話」のナマ中業務継を担当していた。
業務開始当初は東京の「放送専門学校」の「超」中古テレビ中継車を払い下げて貰い、中継に従事した・・。

九州出張でご一緒した福岡のとある映像技術会社「F」の方と、接待でお食事をご一緒する機会があった。

1千万円する「放送用テレビカメラ」を始めて導入し、最初は「ブライダルビデオ」やら「日本舞踊」の発表会の収録業務からスタートしたが、その「カメラ」購入がキッカケで「ズームイン」の業務依頼が始まった、という・・。


皆、「チャンス」を掴み「必死」で生きてゆくのだ。


わたしも「チャンス」を掴まなければ・・、ここで「落ちる」訳にはゆかないのだ・・。

「早かった(ダメになるのが)安かった(人間が)不味かった(人生が)」


それにしても「吉野家」の「凋落ムード」感は、どうなのだろう・・。


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ばったり、出くわす。

すっかり、過ごし易い陽気の今日朝、ハローワークの玄関先で、「コンニチハ!」
突然大きな声で呼び止められた・・。
そこには黒のスキニーパンツとカットソー、つばの長めのメッシュキャップを斜めに被った目鼻立ちのクッキリした爽やかな男性が居た・・。
グラフィックス玄関4
「シゴト」の神様がおいでになる「ハロワ」ロビー(市内にて)

「判ります?」

「?・・・。」

およそ普段の今のわたしには、関わりの無さそうな、まるで『EXILE』のダンスメンバーのようなヒトが目の前で微笑んでいらっしゃるのだ・・。

「・・何でココに居るンすか?」矢継ぎ早の問いに、慌てて記憶の糸を辿った。

以前の勤め先でよく顔を遇わせた、自動車部品メーカー「東海理化」の大型トラックのドライバーだった・・。

1日数百便の4トン10トン車が出入りしたその現場では、大勢のドライバーと知り合いに成った。
「暑いねェ、寒いねェ」に始まって景気のコト、荷量の動向、家族のコト・・、「事故して手首折れちゃった!」「同僚が荷台からジャンプして骨折したんだ・・・。」

互いに忙しい作業の合間の僅かな時間に、通り一遍の「言葉」を交わしあった。
他の現場、他の会社に転属になる、と言っては、お別れの挨拶にわざわざ見えたり、「世話に成った」とお土産を戴くコトも在った・・。
グラフィックス玄関1
自動車部品を続々、運搬する10㌧車(市内にて)

しかし、みんな・・、みんな誰一人お互いの「名前」は知らない。

毎日、毎時、必ず同じタイミングで、同じ商品を、同じ「人」がフォークリフトで持って現れる・・・。

笑顔で挨拶を交わす・・・、が、相手も自分も「何処の誰さん」かは名乗る機会が無いのだ・・。

何年も、何人も・・。


「コノお莫迦、名のりゃイイじゃん」、というご指摘もあろうが、「分単位」で大型車を転がすドライバー達ひとりひとりに、『お疲れサンです!お名前は?』を繰り返して、相手の氏名を探るのはしんどい行為だ・・。

しかしなァ、生まれと所属会社名と家族背景マデお互い判って話しているのに、肝心の「名前」が判らないとはナァ・・・。



テレビや舞台の世界では、この様に何年もの間、「仕事」でお付き合いするのに、「相手」の名前が判らず延々一緒するナド、到底考えられなかった・・。
それが、使用される側もの同士であろうと、スタッフ一覧表やら台本上やらに氏名記載が必ず在り、現場でもスタッフ紹介が在ったものだ・・。

演出助手の頃、ロケの予算と規模が大きくなれば成るほど、多くのスタッフの名前や所属を把握していないと、話が頓珍漢になる・・。

事前のチーフクラスとの下打ち合わせ会議を終え、撮影日当日になると、途端に初対面の助手スタッフが4~5倍に増えて行く・・。
グラフィックス玄関2
http://www2.edu.ipa.go.jp/gz/index.html
屋外ロケ、スタジオ収録を問わず、適切に順序良く、声を掛け案内進行する必要が在る訳だ・・。
顔と名前と所属会社とその役割を認識しながら、予定に沿って効率良く「最高の撮影環境」を提供する。

演出助手としての「影の腕」の見せ所だ・・。
うぬぼれデハナク、これで随分と気に入られ、多くの演出監督の方に「ウチに来ないか?」とお誘いを受けた。


うぬぼれて、転職を繰り返し、子供の頃の「夢」が叶い、給料の手取がどんどん増え、父親にロクに家賃も入れず、貯金もせず、贅沢をな遊興・飲食をし、親兄弟・一部の親戚が傾注していた「新興宗教」に1円の寄付もせずやんわり拒み、当時東京・新宿は歌舞伎町「コマスタジアム」近くの一番大きなクラブに居た「カミサン」と知り合い、その新宿で披露パーティーを開き、外国の教会で挙式をあげ、今は「お仏壇」では無く、「イエスキリスト」がおいでになる・・。
グラフィックス玄関3



わたしはカイシャに「キリスト」られて・・。


それでも「真面目に」生きている・・。・・アーメン。



あ、「東海理化」の元運転手『EXILE』クン・・。今度遇ったら「名前」聞かなきゃ・・。

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MOONラビットの花束。

今週の火曜よる、久しぶりに懐かしい「お顔」を拝見した・・。
「高原 兄」氏。
グラフィックスアラジン1
(テレビ画面より)
関東の「千葉テレビ放送」で『情報バラエティ・MOONラビット』を担当した当時、大変お世話に成った・・。

以前、当ブログで再三触れたがTDLに『Star Tours』が登場し東京ベイに「ジュリアナ」がオープン、銀行のお金が町中に溢れた昭和バブル経済の真っただ中・・。

フォーマルウエアの社団法人が持て余した資金の一部を「電通」を通して、恒常的に厳しい経営環境にある「県域UHF局」に番組製作で資金提供し、わたしが在籍した会社が「おつきあい」で引き受けた・・。

受注金額が月額160万円余りと、あまりに安く、テナントビルに入居するだけの制作会社では、撮影機材費やら技術スタッフ費用、仕上げに掛かるVTR編集諸費用などの経費捻出が不可能であった・・。
1クール分制作しても500万円を下回り、おまけに「生放送」の為、毎週千葉県まで出向かなくてはならないのだ。
「電通参事」は口にしなかったが、制作会社の「選定」には紆余曲折が在った筈である。


「つきあい」で引き受け、テレビカメラや編集スタジオを自社で所有し諸経費を(曖昧なる)グロス計算で処理し、更に制作スタッフの遣り繰りが就くカイシャ⇒わたしの居たカイシャ。

わたしの直属の上司は「長期間、安い仕事」にスタッフを丸抱えで捕られる「受注」に強い難色を示した。
当然のコトである・・。
一方で、わたしはといえば、継続的に自分の制作したものが、毎週、ナマ放送で、電波する・・。

小学生の卒業文集に描いた「夢」が現実となる「チャンス」
渋るチーフプロデューサーを尻目に、この番組製作の合間に他社の業務も平行して「受けこなす」コトを前提条件に(実際は半年間で1本しかコナセナカッタ)社長と話をつけ、制作補4名をシフト制で迎え番組を立ち上げた・・。

月曜よる7時から1時間のナマ放送。全篇VTR番組ではナイ分、撮影取材や仕上げの編集作業の経費は削れる。
しかしながら、週あたり40万円しか無い予算からの高額な出演料捻出は厳しく、「少人数」で「スタジオ」の空気を盛り上げる番組進行が「必須課題」・・。

そこで「白羽の矢」だったのが「高原」氏であった・・。

当時、名古屋テレビ『オジャマンないと』(昭和59年・1984年~)なる民間放送連盟賞優秀賞を受賞した深夜番組にメインとして出演中で、「太平サブロー」氏と共演の『尾行大作戦』と題する放送回のサンプルVHSを拝見し即決した・・。

グラフィックスアラジン3
(テレビ画面より)
「高原」氏の起用は「大成功」で、1クールで終える筈の番組を3クール延長した・。

この「改編」にあたり企画立ち上げ当初から、局側のプロデューサーは、現在の番組枠でシンガーソングライターの「KAN」氏を起用し、洋楽POPSビデオを垂れ流す『テレジオ7』との類似性・維持を強く求めたが、わたしは頑なに「否定」してみせた・・。
理由は1980年代より既に、かなり先行して県域UHF局の「テレビ神奈川」が「ミュージック・トマト」のタイトルで、アメリカの「MTV」を模した月~金の「帯番組」を製作し、地元中高生に絶大な人気を収めていた背景と、実のところわたし自身、あまり「洋楽」に造詣が無かったからに他ならない・・。

今にして想えば、「電通参事」の作成した赤字確定の「番組企画書」にわたしが「踊らされず」にそうした模倣「垂れ流し番組」にもう少し「傾注」していれば、「体力・精神力」を維持しながら若干でも「売り上げ」を計上出来たのかも知れない・・。

レコード会社が持ち込むPVを大量に漫然と流し、数通の葉書・FAXの反応で番組進行・・、こんな造りには耐えられない・・。
誰にでも、何処の会社でも製作出来る・・。何も局外の製作会社に「外注」しなくとも局内で「従来通り」チマチマとやれば良いコトなのだ・・。
「参事」の企画書には低予算・低品質・低反応「UHF局・スパイラル」から「脱却」させる外連味も在った・・。

わたしは答えて見せた・・。開局以来1度も採用した事が無い、必要が無かった「タイムキーパー」」を東京から連れて行き、番組の「進行速度」を上げ、情報量を多岐に網羅し、局プロデューサーに懇願された「洋楽PVの紹介」は1回の放送で3曲以内・1曲あたりのオンエアは60秒に規定した・・。放って措いたら「フルコーラス最後まで、好きなだけ」流せと言い出すだろう・・。


『MOONラビット』4クール目の続投打診が局側からあった時点で、わたしは疲弊しきり降板した・・。これ以上会社に「迷惑」も掛けられない・・・。

最終日の放送終了後の夜、「千葉テレビ」局舎裏手の大きな「割烹」で局プロデューサー主催の「お別れ打ち上げ」が開催された・・。
「高原」氏他、「堀江 淳」氏、女性キャスターの「赤堀容子」氏、「高橋圭三プロ」の女性リポーター・マネージャー諸氏、「芸神集団アミューズ」の「エンジェルス」の皆さん、落語家「桂 竹丸」氏、局スタッフ、わたしの会社社長以下大勢の大宴会・・。

・・番組は4クール目に突入するが、わたしが降板するコトで「わたしの会社」、「高原」氏他「エンジェルス」等の面々の一切が撤収となり、移籍するプロデューサーとADのみが続投・・。
ビールも料理も味がしなかった・・・。


わたしの最後の「ご挨拶」も複雑なものに成った・・。


あまりの大勢の人数と駅繁華街からかなり遠い、千葉刑務所のある小高い丘上ゆえ、2次会に移動するも多数のタクシー送迎が必要で、おまけに2次会費用そのものなど、誰も捻出出来ない・・。
我が社の「社長」(作曲家・筒美京平」氏の従兄弟)も、しっかり「撤収」のつもりである・・。
「東京」は遠いのだった・・・。


三々五々、お後はご自由に・・、という「苦しい雰囲気」の中、闇深い「割烹」の表にぞろぞろ向かう・・。

提灯明かりの玄関先で「高原 兄」氏が傍に立つ「堀江 淳」氏に人知れずつぶやいた・・。
彼の声はよーく通るのだ・・、「歌手」だもん・・。


「フツー、こういう時、花束くらい在るよなァ・・。」


「高原」氏は何事も無かったように声を掛けて来た。「ハタノちゃん飲みにイクヨ
「花束」のコトも気まずく、疲れきっていたわたしは、まるで逃げるように現場を後にした・・。

グラフィックスアラジン2
(テレビ画面より)
「スンマセン、兄ィ・・。」
もう、沢山稼いだみたいだし、許してね・・。
今度遇ったらご馳走してクダサイ・・。


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25

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複雑な1位です・・。

にほんブログ村ランキング テレビ・プロデューサー&ディレクター部門で久しぶりに、1位を戴きました・・。
複雑な心境であります。

http://tv.blogmura.com/tv_producer/ranking_out.html

http://tv.blogmura.com/tv_producer/index.html

おいで戴いたみなさま、ありがとうございます!!

グラフィックスランキング1位
http://www.ipa.go.jp/

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ばかおとこの道標・・。

整理する。

わたしは自身の過去とその生い立ち、通ってきた道のさまざまなエピソードを書き残したかった・・。
最愛の家族の事、身の回りの出来事を、出来る限り、時系列を完結に整理しながら曝け出して、この先へ進む・・。

昨年秋、以前の勤め先で上級役員からパワーハラスメントがあった・・。
自分が信じていた信念(勤務先も推奨していた)を否定されたので、その過程をブログに記した・・。
書いた事実をSNSを通して、昔からお世話に成っている別の上級役員に知らせた・・。

わたしへの聴取は無く、その役員は一定の処分を即日受けた、らしい・・。

1週間を空けず次の週末、勤め先のチグハグな現象をこのブログに書いた・・。


その週末の土曜日今度は別の上級役員が、わたしの勤める会社の上司を拠点ビルに呼び出し、その記事について、自分の社への侮辱だ、法的な措置をも検討する、と匂わせ圧力をかけた、らしい・・・。

明けて月曜日の朝、その上司はわたしのもとへ来て、ブログの即刻削除を求め、同時に自宅待機を命じた・・。


整理する。

わたしの所属先、および請負先の社名、所属部署名、個人名、企業秘密に関わる件については、当該ブログの中では触れていない・・。ブログ右上画面の顔画像のみが「リアル」である。
これで「法的な措置」をどう検証し、わたし個人の「民法上の有罪」をどう「立証」するのだろう・・。

2011年度調査の国内ブログ総数890万件以上の中で、個人名・法人名を明かさない、誰しもが描く、職場の雑感記事が、名誉毀損や誹謗中傷に当たるとは、そんな「判例」が在るならば拝見したい。誠にお粗末な「議論誘導」である。

その後は、取引先会社間でSNSの類いを利用してのあらゆる情報表現を禁ずる趣旨の「誓約書」を勤務者に書かせる事で、上層部と現場は事態を収束させようとした。

誠実に8年以上勤めてきて、ここへ来て、この歳で「解雇」は勘弁してくれ、とわたしの会社の責任者に食い下がった結果、自社が運営する勤務先へ、現在の時給のまま異動を命じられた・・。

元居た職場の一部のモノが「何で会社に迷惑を掛けたのに給料が上がるのはオカシイ」と突き上げた。
何故なら、異動した先の職場は繁忙期、元居た職場は閑散期であったからだ・・。

ところが繁忙期ナドといっても、数日間作業量にピークがあるのみ(残業には全くならない)・・、要は「雇う側」が騒ぐホド新しい職場なら給料が上がるナドとは発言者の憶測であり、迷惑な話であったのだ。

元居た職場なら月単位で1日3時間、4時間毎夜あたりまえに残業量が増えるので、手取感からして桁が違う。

有給休暇を採り運転免許を取得し、自家用車も通勤の為に購入した・・。


整理する。

異動先の職場から給与の〆と支払いも含めた、勤務条件の説明・交付の一切が無かった・・。不安なまま年を越した・・。
給与明細を見て「不審」に思った・・。昨年12月、今年1月、2月、基本給も交通費支給額も著しく引き下げになっていた・・。予告無き、説明無き85%以下の引き下げである。上司はわたしならば、立場を弁え、暫らく我慢すると考えたのであろう・・。


最後に。

その筋の労働争議の専門家等を介入させ、徒党引き連れて、ハンドスピーカーで会社の前に立ち、寒風吹きすさぶ中、「不当だ」「争議だ」「全面対決だ」とアジるつもりも毛頭無い。
世界的大企業の運営役員の体面と派閥闘争もあるだろう、今回は極めて「小さな牌」の中で、何の「透明性」も無きまま、わたしの人生が、少し、「翻弄」されてしまった・・。SNSに投稿した「身辺の出来事」が曲解され、上級役員に因縁をつけられ、ブログ削除を命ぜられ、自主的に職場でお世話になる多くの方々とのSNSの交流から撤収し、わたし個人は、自ら、大赤字勤務の職場を去るのだ。

わたしの「筋」が悪かったら、もっと事態は「公」になり悪化しただろうに、わたしの元上司を呼びつけた役員は、どうするつもりだったのだろう・・。これこそ、オタクらの唱えるコンプライアンスに反するではないか・・。
グラフィックス最後1
遅ればせながら、職場のお世話になったみなさま、長いあいだ、本当にありがとうございました。
今後、この件は2度とこのブログでは触れない・・。ご安心を

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これが、アホダメおとこのプロフィール!

hata50

Author:hata50
波田野 広之
中学時代、歌舞伎の尾上一門にあたる尾上流舞踊家のH氏(故人)に師事。舞踊集団菊の会在籍。
日本舞踊・民族舞踊・長唄・鼓・三味線を学び、高校在学中、実母の逝去に伴い裏方に転向、舞台音響家を目指し、元日本音響家協会理事・Y氏に師事。

ANBテレビ朝日報道局報道取材部アルバイトを経て正社員。制作助手、ENG機材営業を経て社員ディレクター第1号。後、作曲家筒美京平氏の従弟が経営する日本ビクター傘下の映像制作会社勤務。
「早見 優のアメリカンキッズ」他千葉テレビ情報生番組「MOONラビット」総合企画・演出。NTT,Nikon,三共製薬、ロータスジャパン、横浜ゴム、日立、三菱、JVC等東証一部上場企業の産業ビデオ多数演出。

後、映画監督で日本映画監督協会専務理事G氏に師事。河合塾サテライト講座、朝日放送「素敵にドキュメント」「これは知ってナイト」「平成ふしぎ探検隊」他多数演出。
その縁で逸見政孝氏(故人)峰竜太氏、清水由紀子氏(故人)渡辺めぐみ氏らの発起人により、35歳で外国人妻と結婚。

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