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すし屋のケンちゃん

BSチャンネルの一斉開局に伴い、CS放送も無料開放が続く!

今日は暇な1日、何気にテレビの番組表を検索していたらスカパーe2の「ホームドラマチャンネル」が
いつの間にHD化(hi-Vision)されてた・・・。

驚いた、1971年、TBSで放送されていた人気ドラマ「すし屋のケンちゃん」のHDリマスター版だ。
知る人ぞ知る宮脇康之(子役)と佐久間まゆみ(子役・劇中名トコちゃん)のすし屋の息子バージョン・・。

相当にフィルム原版の保存状態が良好で、HD化工程による仕上がりがもの凄く綺麗だ!
当時、まだまだ白黒収録のドラマが多かった中でのカラーフィルム制作。

HD化で当時の撮影セットの質感や、照明ライティングの様子が細部にわたり、よく判る・・。
度肝を抜いたのは、すし屋2階に位置する設定のケンちゃん達の子供部屋の本棚の中!!
グラフィックス21
(同局テレビ画面より)
小学館の小学校3年生、1年生、少年キング・・、子供らしくていいなぁ・・。
そして、ケンちゃんの顔UPのアタマ越しに、 ナント!!「やくざ道」と装丁された白い本!!

あ、アニキィ!・・「やくざ道」!!ですぜ・・・。
(お店の若い板前が休憩時間に読んだのかなぁ・・)(た、たぶん、そーーだ・・)
えーーーーーーーーーーっ?!
後に児童福祉審議会やPTAから推薦された超人気・長寿番組の6畳間のセットの本棚に!「やくざ道」だぜ!!
やくざ!!・・・美術屋さんは、何考えてこんな本を置いたんだ??

もひとつ、父に死に別れ、寝込みがちで病弱な母を持つ近所の友達の為を想い、気の短い父に内緒で自ら寿司を握り、4畳半一間台所つきアパートの一室に届ける為、玄関口をあがるケンちゃんの脇の戸棚に、白百合をあしらったなんとも高級な生け花!!・・・。

えーーーーーーーーーーっ!?
(お母さんは生活保護を受給しながら、花屋でパートをしていて、お店の同僚が見舞いがてら活けたのかなぁ?)
・・・・・・・・・・・・つりあわないでしょ!!
グラフィックス20
(同局テレビ画面より)
画質が鮮明になったブン、当時の真空管テレビ受像機の解像度では判らなかった「モノ」が見えて、CS放送散歩、なかなか面白い・・・。



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08

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「あいさつ」

最近の職場で感じるのは、「挨拶」が素直に出来ない人の如何に多い事か・・。
尊敬、畏敬、配慮、愛想、義務、いずれも抱かぬ恐るべき「人々」。
いったい、この「挨拶」の出来ぬ人たちは、どんな「親」どんな「生い立ち」をいきてきたのだろう?
この先、日本がダメに、凋落の一途をひたはしる過程において、礼節をワキマエナイ、多数の「大人」の存在・・。
惜しくも52歳の若さで亡くなられて、今年で22年にもなる美空ひばりさん・・・。


その昔、東京で最後発のテレビ局、東京12チャンネルが数億円かけて社名をテレビ東京と改めた年、「年忘れ 日本の歌」という番組が、歌舞伎座で開催されていた・・・。
大晦日のナマ本番にさかのぼって、楽曲の音合わせが、東京・芝公園の旧テレビ東京のスタジオで行われた・・・。
プロフィールでも既出だが、わが国を代表する舞踊団に在籍していた私は、舞台にたまに出演する傍ら、裏方で、舞台音響や制作を担当していた。

この時は、歌手の後ろで踊る踊り手の舞台進行役で、舞台から一番遠い楽屋から踊り手さん達を番組進行に合わせ、放送中の舞台袖に誘導した。(隣の楽屋はシブがき隊だった・・)

ハナシを元に戻そう・・。
音合わせで録音したカセットテープを、リハーサル用に貰い受ける為、スタジオのディレクターを尋ねた帰りの局内廊下での事・・。
15メートル先、前方から「光」が歩いてくる!
当時の局舎は、思いっきり狭い作りで東京ローカルそのもの。その「光」が美空ひばりさんと気づくのにさして時間はかからなかった・・。左手前方をこちらに歩いていらっしゃる!!後ろに御付きの人が数人見える・・。
私はとっさに、反射的に軽く、会釈した・・。

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私とすれ違う瞬間!歩きに合わせて、ひばりさんが深々お辞儀されたのだ!「えっ・・!」
・・振り向いた私の後ろに、局プロデューサーや大スポンサー、誰ひとり居ない!

ひばりさんは、若い、私に向って「あいさつ」されたのだった・・・。
フルオーケストラの待つスタジオの中へ消え去った後姿に、全身電気が走った!


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こんな使いッ走りの小僧に・・・・。それからひばりさんが「だいすき」になった。・・なれた!



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08

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「おことわり」つき放送!

何度かこのブログでふれたように、今月からBSデジタルのチャンネル枠が拡大し、同時にスカパーe2も月初から加入者拡大に向けて、連日一部のチャンネルがノースクランブルでオンエアしている。
以前、朝日放送の全国ネットの情報番組の演出に関った頃、慌ただしい制作日程の中で、必ず歩留まりで皆でアタマを抱えたのが、番組の特集タイトルだ・・。新聞のラジオ・テレビ欄に転用掲載され不特定多数の人の目に留まる・。
局側のプロデューサー、製作会社のプロデューサー、ディレクター・・「放送上の自主規制」に引っ掛からない簡潔明瞭且つ、斬新なタイトル。言葉狩りを危惧して、このときばかりは、イケイケテレビ製作軍団は慎重に考査しだすのだ・・。
社会のあらゆる「人」を傷付けない番組タイトル、番組内で読むナレーション原稿・・。字幕テロップ・・。

以前から想っていた事がある・・・。
昭和時代に製作された、映画・テレビドラマをさまざまなCS放送(昔はCSは放送ではなく、通信という「定義」)で百花繚乱たれ流している。
懐かしい役者、懐かしいオープニングテーマ音楽・・見ていた当時の自分を振り返りながら、楽しい時間を、もう一度堪能する事が出来る。しかも「安い視聴料」で、手軽に。
しかし・・・・だ。
グラフィックス50
ファミリー劇場画面より

「この番組は制作当時の時代背景を尊重し、放送当時のまま放映します。」
昭和時代製作の時代劇や刑事ドラマなどのオープニング前に挿入される「おことわり」だ・・・。
時代は移り変わり、ネット社会の世の中となり、高い秘匿性に守られながら「差別」をアジる輩がまだ居る。

「公共の電波」などと言う偽文化文字をここで使いたくは無いが、逆にCS放送各事業者に問いたい・・・。
比べて潤沢な制作資金を持つ地上波に対して、こうした事業者は、あきらかに手を抜いている、のである・・。
「差別用語」が修正されないままのソフトを「オリジナリティの尊重」などという言葉で「表現の自由」とすり替えてしまっている。そうした用語の登場箇所をCS事業者側は認識しているからこそ、の、「冒頭おことわり」なのだ。言い得て妙な取り回し、である。事業者はその事に立ち入ってませんよ、と言っているようなものだ・・。
そのソフトを事業者が選択し放送する事により、「収益」をあげているのに・・。

地上波局は自主的に注意をもって規制している。が一部CS事業者は「予算」がつかないから「差別部分」の音声的手直しをせず、利益をあげる。
制作当時は製作者側、世評に認識が低かった。しかし国や諸団体の地道な啓蒙の幾節の歴史の積み重ねがあってこその、今の世の中だ。
いまはどうだ?「お金が無いから、流しちゃいます、ワタシ関係ナイ、でもこれでご飯が食べれます。」
えーーーっ?
グラフィックス54
ある局では連続ドラマ・全数十本の放映権を購入。そのCS事業者はこのVTRでかれこれ10年近く利益を上げている。今回はHDリマスター化の際に編集スタジオを手配するのだから、同時に音声トラックを手直しする唯一の機会の筈。全ての手直しが不可能でも、1本でも2本でも、毎年予算の中で順次音声部分を更改すればよい。

手直しの許諾が不可能なら、その回の放送は事業者としてはあきらめるべき。CS放送は映画館のようにクローズドでは無い。スクランブルが掛かっていても、定義的にはオープンな電波だ。
また、敢えて言うなら「おことわり」テロップの不用な回にまで、全て挿入しているのでは?とも思える挿入意味不明の回もある・・・。全放送分詳細にチェックしていないが入れときゃイイってか??

かつての昭和の地上波で幾クールもの人気を支えてきたシリーズものなら、1度放映権を手にすれば、編成は楽だし事業者は番宣コストを他の番組に振り向ける事になり僅かながらも収益の荒利上乗せが期待出る。
昭和の数々のソフトが秀逸なのは絶対、認めます。西部警察も大ファン!しかし今の事業者に「配慮」は無い。

・・・・オカシイでしょ・・。

あらよるジャンルの各局CS放送の手直し拒否(無理)の「言い訳け」。
「言い訳け」を正直に延々述べたテロップ、何処かの局で作らないかなァ・・・・。


我が家の結婚披露宴の発起人のお一人、峰 竜太さん!
グラフィックス52
(画像はいずれもテレビ放映画面より)

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09

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ビッグ ダディ!

2006年から放送・取材が始まったANB「痛快!ビッグ ダディ」は本当にビッグなのだろうか?
お子さん達には申し訳無いが、今年、佳美婦人と離婚されてから雲行きは怪しい・・・。

定職を持たず、敢えて商売にならない経済的に自活出来得ないマーケットの離島で低収益の整体業を営み、加えて後妻を懐妊させ・・・。テレビが狂わせたのでは無いか?何処が偉大なのだろう?

少子化には貢献しているだろうが、この人に付与される手当ては、税金である。(敢えて我々の・・とは言うまい)
局も罪作りである。ホームページや動画配信まで行い、スポンサーをつけている・・・・。落ち着いて考えたら、前妻との離婚の段階で取材は撤収すべきだ・・。


自分を雇ってもらう為に面接に出掛け、それでいて履歴書を持たずに行く事が平気な人なのだ・・。
避妊せず、懐妊させ、離婚し、「ビッグ ダディ」・・。何処が「痛快!」なのか???

わたしも人の事は言えないが、ある意味「無責任オトコ」・・・。

グラフィックス60
http://www.tv-asahi.co.jp/douga/bigdaddy/



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世が世なら・・。

世の中、猫も杓子もAKB48全盛の時代だ・・・。
凄いなあ・・秋元 康。

昔、一世を風靡しなかった(失礼!)けど、スターを夢見て頑張ってた8人グループが居た。
サザンの所属する芸神集団「アミューズ」の女の子のボーカルグループ、「エンジェルス」。

もともと9人居たが、メンバーの一人が懐妊?で脱落。(芸能界ではよく在る話)

TBS土曜深夜平成名物TV・イカスバンド天国で登場し、1989年日大アメフト部の活躍を描いた東宝映画(主演・同じ事務所の富田靖子)のテーマソングを歌い上げ、1メンバーの奥貫 薫(現女優)のKDDのTVCMの泣き顔が注目されるなどしたが、プロデューサー渡辺茂樹(元ワイルドワンズ)の思惑は外れ、時流には乗れなかった・・・。

6ヶ月連続でシングルアルバムをリリースするなど、当時好景気に沸いた日本の世情を反映した戦略展開だった。
グラフィックスエンジェルス1
当時私が総合演出していた、東京ローカルの情報ナマ番組にもプロデュースの一貫として、御無理なお願いをして、殆どギャランティーの発生しない状況で半年もの間、快く皆さんにご出演戴いた。

移動の諸経費を含め、人数が人数だけに事務所の方のご苦労は大変であったと聞いている・・。申し訳ない事をした。

TVに出演しながら、当時渋谷公園通りにあったライブハウス「EGG MAN」でライブ活動を続け、念願の渋谷公会堂の大舞台で同事務所の三宅裕二、嘉門達夫らとコンサートを開き、それらが活動のピークだったか・・。
グラフィックスエンジェルス2

渋谷公会堂の中継録画を担当したが、8人横並びの舞台振付が大味で、歌って踊る彼女らのベストショットがなかなか旨く抑えられず、後の編集で苦労したのを思い出す・・。


当時の女性マネージャーさんとも大変懇意にして戴き、お住まいが近くだった事もあってお酒をお付き合い頂いた事も楽しい思い出である・・・。

・・皆、今、幸せにしているのだろうか・・8人の人生模様は如何に・・・。


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テレビCM

グラフィックス72
http://teicalo.com/xylicrystal/cm/
何気に見ていて、突然大声出して笑えるCMが好きだ・・。
はやりのバラエティの様に笑いたくて延々受身で構えるのでは無く、意識せず画面を見ていて僅か15秒の中の11秒過ぎたあたりで「オチ」を見ているものに理解させ、ひとり笑ってしまう・・。
グラフィックス71
http://www.youtube.com/watch?v=luFEvlN6f98&feature=related
家内と同時に笑えれば尚楽しい!
「うーーん、また見たい・・」と思わず唸るCM。
グラフィックス70
http://www.zojirushi.co.jp/cm/kiwamehagama01/index.html

昔、産業映画あるいはビジネスビデオ・VPと呼ばれる分野では東証一部上場の企業の方々と非常に多くの映像を手掛ける機会に恵まれたが、CMの制作演出履歴はパッとしなかった・・。
全て東京ローカルのオンエアもので、しかも早朝と深夜にしかかけられないモノ。唯一全国で流れた?、と思われるのは、ABC朝日放送系の自分の担当していた情報番組の番組宣伝CMくらい・・。
CMを創る才能とそうした製作に縁のある会社に在籍出来なかったのが、その理由。

公私共大変にお世話になったテレビ朝日グループ・フレックスのI社長(故人)に、当時駆け出しの社員演出ディレクター・第1号としてご指名戴き、東京・池袋のスポーツ用品店のCMを初制作する事になった。
当時の映像は残っていないので、ご覧戴けないが、「安かろう、」のごとくの出来。その制作費僅か20万円!!
制作人件費、撮影技術人件費、機材費、VTR編集費、MA(マルチオーディオ)費、男女ナレーター出演料、諸雑費全て込みの衝撃価格である・・・。

店舗内を利用した撮影現場には深夜、当時の会社の他部署(テレビ朝日報道局)の諸先輩方が大勢駆けつけ店内のレイアウト変更などワイワイ言いながらお手伝い戴き、立場上恐縮しっ放しだったのを覚えている・・。
その後もI社長プロデュースの低価格CM路線はテレビ東京の広告局(だったか?)からの直受けで続いた・。

低予算の制作費なら、スポット枠の投入も低予算なので、オンエア本数も極端に少ない。枠の買い手が付かなくて局側が体面上、予算も付かないのにタダ同然のグロス本数をスポンサー・サービスに埋め合わせで繰返し流す事は地方局ではよくあるケースだが当時はバブル経済真っ只中。

自分の創った新しいCMが出来上がる度に、メモを頼りに指定された深夜・早朝にテレビの前で、ジッと座ってオンエアを待っていた「あの日、あの時・・・。」

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対談番組「ボクらの時代」

日曜日の朝7時CXの「ボクらの時代」が好きだ・・。
大画面で見るに相応しい対談用のロケセットがとっても魅力的だ。

スタッフは毎回の場所探し、収録時間のアレンジされるのに相当な苦労をされているだろう・・。
グラフィックス75
http://www.fujitv.co.jp/b_hp/jidai/index.html
伝統の老舗割烹の座敷、西洋料理店、洒落たカフェ、日本の店舗建築というのはなんて見る人をドキドキさせるのだろう?一流のゲストの回ほど、背景の店舗はゴージャスに光輝いたり、格式高い店だったり・・・。「森三中」あたりの時はビールケースが積まれた一杯飲み屋だった・・。

オープニングの部分でセット入りするゲスト達が、廻りをキョロキョロ見回し乍、席に着く時の空気感、ある意味の緊張感が日曜の朝らしく見ていて心地良く、期待させる・・・。
グラフィックス80
(いずれもテレビ画面より)
30分番組なので、畳み込んだ構成になっているが、収録の時間は倍程度あるだろうからBSフジで再編集、っていうか、望むべくはBSフジブンの編集をマスターにして45分の番組とし、それを白マザーとして地上波分をコンパクトに再編集が良い!!早朝の「流し棄て」では、もったいない・・・。

・・・「マスメディアの集中排除」に背くが、通販や韓国ドラマ、電車、客船の番組ばっかりじゃぁねェ・・。


対してギネス認定の長寿番組ANB「徹子の部屋」はバカ明るいセットを含めまったく気に入らない・・。

強烈なサービスライトを照射し、NHK的段取りの予定調和な収録スタイルが、既に招かれたゲストと聞き手の空気感を塗り壁の如く飾ってしまい、何度か見てみたが全く、全く、トークが面白くないのだ・・。

視聴者は黒柳氏の「段取り」を見たいのでは無いの筈では・・・。


10数年前、大手予備校・K塾のCS授業で、とある英語講師の先生が対談のお相手として、英国出身の音楽評論家「ピーター・バラカン」氏にインタビュー取材をした時の事・・・。

グラフィックスピーター・バラカン


詳しくは当時のプロデューサーからの又聞きなので定かでないが、時間を割いてスケジュールを調整し、快くインタビューに応じた「バラカン」氏を前に、当の聞き手の筈の英語の先生はご自分の説を延々とハナシ続け、収録VTRには「ウン、そうですね、・・そうですね。」と、ひたすらうなずき続けるバラカン氏の様子しか撮れて居なかった、ゲストが殆ど喋らない撮影をして来て、わたしの後輩の若い演出ディレクターは現場プロデューサーに叱られていた・・。

要するにその先生側は、氏に自説を聞いて欲しかっただけなのだ・・。


「黒柳徹子」氏の場合もトークを「仕切り」たいのが番組要素の「核」の部分で、ゲストの口から「想定外」が出たとしてもそれをまとめるのを好まないだろう。

事前のリサーチ通りに進行する事が彼女の「要」。

「徹子・・」のつまらなさはここにある。あらかじめ下調べして打ち合わせた事を「なぞる」長寿番組・・。


収録スタイルから抜け出さないとホントのご本人の「良さ」はデテイナイであろう・・。

グラフィックスザ・ベストテン
あの往年の歌番組「ザ・ベストテン」のようなハラハラ・ドキドキのナマ放送で「久米 宏」氏やゲスト出演者を「まくしたてる」のが最高だった・・。

「徹子」さん、己の皺をかくしてまで30年以上続けても面白くないナァ・・。


どうせなら廻りが「困る」程、コワシテ行ってほしいなぁ・・・。

毎日自宅から、ノーメークでナマ中継車出すのがいいなぁ、亡くなるまで・・・。
それが徹子冥利!!「殻」破ってください!






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「かるーい」東海テレビ

CX系列の東海テレビが名古屋市開府400年記念事業用のロゴマーク(製作・名古屋市実行委員会)を市との契約終了後も自社の通信販売サイトでを継続使用していた事が、明るみに出た・・・。
「認識が甘かった」そうである・・。
グラフィックス90
つい、先日放送終了となった「ぴーかんテレビ」内での放送事故・「怪しいお米セシウムさん」事件もそうだが、「軽いナァ・・」
受け止め方が「軽い」のだ。5,6年?イヤ、もっと前になるか?休日の午後のニュースを見ていて唖然、とした事がある・・・。
「・・・名古屋市内のホテルで〇〇芸能プロのパーティーが盛大に行われました。」
はァー??????上場企業のホリプロやジャニーズ事務所のチャリティーや創立記念の類いを取り扱うならまだしも、地元の素人さんなんぞが、だーーーーれも!ダァレモ知らなーーい一プロダクションの宴会が東海テレビ報道局の午後ニュース?????
ペイパブリシティなら自社ローカルの情報番組でやれよ。
中区・錦辺りにでも制作の連中が呼ぶとスグ現れるタレントとでも、深い仲だったのかしら??
グラフィックス91
東海テレビ直系の技術プロダクションの方々とお仕事を大昔の数年間、ご一緒した事があった・・。
そのお仕事は中京テレビ系のやはり、直系技術プロダクションの方々とも交互に作業する通信衛星を使った、スタジオ中継業務であった。

わたしはスタジオの副調整室で「イラッ」としていた・・。前者・東海の技術チーフであるスイッチャーさんが数週間の間、わたしの意図しない画像にたびたび切り替えてしまう「スイッチング・ミス」を連発していたのだ。
1,2度ならまだしも、そのチーフさんはナマ中継のたびに、「ミスタッチ」をする。
東京から出向いているわたしは、スタジオサブの中では「ひとり外様」なのだ・・。だが、それ以上オトナシク黙って「すまし顔」ではいられず、プロダクションの営業プロデューサーをスタジオロビーで呼び止め、訴えた。

「ミスが多過ぎます・・、何とかして欲しい・・。」

長身でスラリとしたハンサムタイプで同局の元アナウンサーとしてもご活躍された、その年配プロデューサーはわたしにシャープな声でこう切り替えした・・・・。
「・・・・カレ、ベテランなんでスョ?」 あいうえおあお。 

「????????!」

お前みたいな若造がアレコレヌカスナってコトすか?  まみむめもまも。


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わたしの中の「秋」の扉・・・・。

「秋」は、38歳の若さである朝、突然死した母の弔いの季節でもあり、TOYOGUCHI TAKEZOの1枚2万、3万する秋物シャツやセーターをいきがって買い換えたシーズンであり、1週間ぶっ通しで舞台公演用の音楽素材を徹夜で編集し、その本番当日朝、過呼吸で倒れ舞台ホールから救急搬送された「秋」であり、座ってひとり5万円の銀座の高級クラブへ社長のお供で通い傲慢とうぬぼれに陥った「秋」である・・・・。

「秋」の食べ物を見ると・・、「秋」の夜のひんやりとした空気に触れると・・、それらの「秋」が瞼に甦りだすのだ・・・「秋」の気配と共に・・。

迎える「冬」は・・・ある時はその銀座の5万円のクラブのヒトと恋に落ちたり、生まれて初めて生放送の番組を担当し会社に半年間寝泊りしたり、人生の大きな転機となった舞台製作を過労と睡眠不足で大失敗に終わらせた「冬」であり、今の家内と出会ったのも「冬」で・・・。

わたしの中で・・、わたしの心の中の「秋」と「冬」は人生の中で多くの曲がり角を持つ季節。
角を曲がるまでにさまざまのトラップに翻弄されるのだ・・、おばけが立っていたり、贋物の虜になったり。

今の自分にはまだ・・、まだその頃を判り易く「語る」術が薄い。
自分を飾ろうと、取り繕おうとするから、「表現」に手間取っているのだ・・・・。
グラフィックス101
(写真は三河地方を流れる”逢妻川”)

少し、時間をくださいな・・・・。少し・・。






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「秋」の扉・・・その2

いまや国際的な舞踊団に子供の頃から23歳位まで在籍していた・・・。kikunokai.co.jp/

「芸術の秋」というが、秋から冬の時期は舞台芸術が1年で最も活気づく季節だろう。
春に企画し、ひと夏を稽古し、秋に初日を開け、冬にかけて国内巡業する・・。そんなパターンかな。

大昔、東京・赤坂に国際芸術家センターという、舞台関係専用のリハーサル会館があった・・・。
場所は当時のTBS会館の真裏にあり東京放送の電波塔の下あたり、おそらくTBSの敷地内だったと思う・・。
当時既に、十分に古めかしいコンクリート打ちっ放しの建物で舞台を模した合板の床と壁全面が鏡張りであった。
グラフィックス110
(当時の赤坂TBS局社とマイクロタワー)
その夜、全国公演に向けての最終稽古が行われ、演出家をはじめ、振付家、製作者、舞台監督、音響、照明、美術、大道具さらに邦楽演奏の歌手、お囃子方の諸先生方など大所帯でのリハーサルだった。
1部が古典舞踊、2部を創作舞踊劇と民族舞踊で構成する2時間半程の大舞台。
午後の早い時間に舞台演者のみが集まり、稽古をはじめて身体をつくり夜になりスタッフの方々が順次参集され、第1部から通しで各々が段取りを確認しながらの流れの稽古。

リハの途中、第1部と2部の間で休憩をとる事となった・・・。
まだ、コンビニなんぞというあたりまえの便利な店舗の無い時代。今時の若いひとたちに判り易く言うと、カップヌードルが売り出されたばかりで、ケンタッキーも日本上陸したばかり、マックシェイクがお化けのように超、超特大サイズだった頃。(これじゃわかんないよね?)アルミホイルに包まれた母親の握った焼肉入りのお握りを夕食代わりにガツガツ食べ、始まろうとする第2部に備えて、おしっこがしたくなった・・。

70名近く集まった稽古場にトイレは入口付近にひとつ。たしか赤電話?がありトイレはその奥の方にあった。

なんのためらいも無く木製のトイレで用を足す為、扉を開けた次の瞬間!!そこには!ナント!!
お三味線の大先生が着物の裾を腰まで捲り上げておしりまるだしで和式便器にしゃがんでいらしたのだ!!
扉を開けたのと殆ど同時に先生は振り向かれ、一瞬目が遇った!まさか中に人が居ると思わず、中学生だったわたしはノックしてから開ける、という社会の基本動作を怠ったが故の「事故」であった・・・。

全身を電気ショックが駆け抜けた!!断っておくが大先生は女性である・・・・。

大変なことをした・・・・・」その夜、終始その大先生と目線すら合わせることが出来ず大切な稽古中ずっと、振り向いた瞬間の先生の顔とおしりのフラッシュバックに悩まされ、踊る中学生小僧のアタマん中が真っ白けだったことは言うまでもない・・・・。合掌。



これが、アホダメおとこのプロフィール!

hata50

Author:hata50
波田野 広之
中学時代、歌舞伎の尾上一門にあたる尾上流舞踊家の畑道代氏(故人)に師事。舞踊集団菊の会在籍。
日本舞踊・民族舞踊・長唄・鼓・三味線を学び、高校在学中、実母の逝去に伴い裏方に転向、舞台音響家を目指し、元日本音響家協会理事・八板賢二郎氏に師事。

ANBテレビ朝日報道局報道取材部アルバイトを経て正社員。制作助手、ENG機材営業を経て社員ディレクター第1号。後、作曲家筒美京平氏の従弟が経営する日本ビクター傘下の映像制作会社勤務。
「早見 優のアメリカンキッズ」他千葉テレビ情報生番組「MOONラビット」総合企画・演出。NTT,Nikon,三共製薬、ロータスジャパン、横浜ゴム、日立、三菱、JVC等東証一部上場企業の産業ビデオ多数演出。

後、映画監督で日本映画監督協会専務理事・後藤幸一氏に師事。河合塾サテライト講座、朝日放送「素敵にドキュメント」「これは知ってナイト」「平成ふしぎ探検隊」他多数演出。
その縁で逸見政孝氏(故人)峰竜太氏、清水由紀子氏(故人)渡辺めぐみ氏らの発起人により、35歳で外国人妻と結婚。

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