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満里奈さん健在!

花王「ビオレ」に渡辺満里奈さんが出演中だ・・。
芸人の旦那様とも円満な様子は、彼女のブログからも十分に察しがつく。
ほんとうにしあわせそうである・・・・。
渡辺満里奈

その昔、電電公社が民営化になりNTTとして生まれ変わり、世の中バブル経済期に突入し日本中が金満ムードで狂乱した頃、ディレクターとしては駆け出しだが、日に日に転職の度上澄みされてゆく給料の数字に「有頂天」あるいは「天狗」になりかけていた当時、黒一色だった電話器いわゆるホームテレホンにイタリアン・デザイナーを招き、色、形状にこだわった電話を売り出す為、プロモーション・ビデオを製作することになった。


当時、飛ぶ鳥を落とす勢いの松田聖子所属の「サンミュージック」とNTTの代理店の関係で「SONY」系列のレコード会社「CBS SONY」いずれかの事務所のタレントさんにより選出する事になった。
「サンミュージック」からは当時デビュー前売り出し直前の「岡谷章子」さん、SONYからは会社預かりのカタチだった「渡辺満里奈」さんが参加した。

デモテープの収録の為、東京・市谷のCBS SONYスタジオの一角をお借りしてオーディションをさせていただいた。
満里奈さんは当時、まだ現役の都内に住む高校生でテレビカメラの前でキョンキョンの♪艶姿涙娘を振りつきで披露してくれた。そのときは少し顔色の悪い、セミロングのフツーの学生さんだった印象しかなかった・・・。

残念ながらその選からは漏れご縁が無かったが数年後、夕方のフジテレビを観て驚いた!!
今をときめく「おニャンコクラブ」のメンバーとして「夕焼けニャンニャン」に登場してたのだ!!
当時彼女を外したスタッフは皆、おおいに悔やんだのは言うまでも無い・・・。

電話器のプロモーションだから、と撮影用に電話器を彼女に持たせて話を交わした「あの日、あの時・・・・。」



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映画「恋谷橋」

恋谷橋3
http://www.youtube.com/watch?v=zzedtBwmp2E
後藤幸一氏監督・上原多香子さん主演の映画「恋谷橋」が11月19日(土)よりロードショー公開される。

昔、テレビ朝日のグループ会社をやめ、数社の映像製作会社を転々とした後、映画フィルムの世界が知りたくて転がり込んだのが後藤監督の事務所・・・。
日本が誇るテレビ製作会社「テレビマンユニオン」に勤めてらした方と御結婚され、ATGで幾本もの本編を既に手掛けられて、その合間に2時間ドラマをはじめ、多くのドラマ監督を勤めていらした・・。
ある年の夏、東京・新宿の小さなワンルームマンションに仕事場を設けていた頃、初めてお遭いした。

日焼けした肌にクリクリした目は時に鋭く、髪は常に五分刈り頭、歩くのがとても早足でお酒をこよなく愛し、ほんとうに、ほんとうによく・・・御馳走になった。
後にも先にもこんなにお酒のお供をさせて頂いた事は無いだろう・・。
恋谷橋
BS11映画「恋谷橋」特番画面より「後藤 幸一」監督

出逢ってスグに、ABC朝日放送の情報番組製作を長い間、ご一緒した。
その間、一部屋だった仕事部屋がふた部屋になり、別棟をビデオ編集用に借り、更に大きなビルのワンフロアを借りるようになり、あっという間に名古屋地区に支社を開設するまでの所帯となった。

監督にお連れ戴いたとある店で、今の家内と出会い結婚。彼の地フィリピンでの挙式にもわざわざ参列下さり、加えて東京で、逸見政孝氏(故人)や峰 竜太氏等番組で当時お世話になった著名な方々を披露宴・発起人に推挙し一切を取り仕切っていただいた・・・。

生々流転・・、我がブログの冒頭やプロフィールにあるとおり、現在、映像業界を離れてもいま尚、心温まるお手紙を度々頂戴し、感謝の念に耐えない。
何よりも私ら夫婦がいまだ幸せにやっている様子を何よりも喜んでいてくださる・・・。

興行の成功を心からお祈りしたい・・・・。
www.koitani.co.jp/

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マイトガイ 小林 旭さん

BS日テレ「徳光和夫のトクセンお宝映像!」にゲストで登場したのは旧日活映画の大スター!
小林 旭さん!・・・もう73歳かぁ・・・。お若いナァ。

歌謡ステージの録画Ⅴと過去の芸能ニュースフィルム、撮影所のさびれた食堂でのインタビュー構成。

日活ニューフェイスデビュー期、石原裕次郎氏との青春時代から、冷蔵庫すら買えなかった初任給の話、バブル経済期に背負った多額の債務の事など、栄光と挫折そして復活と「人生」の「あらぶる波」を超えた「男」」の貴重なお話。過去に週間文春でも拝見したお話しだが、そこは「映像」の魔力。テレビの方が遥かに楽しかった。

小林 旭さんの新曲「遠き昭和の」も素敵だ・・。どうか末永く「熱き心」でお元気で居て欲しい・・。
小林 旭1
BS日テレ画面より http://www.bs4.jp/tokusen_otakara/outline.html

日本がバブル景気に狂乱していた頃、現在の民間放送局の考査基準よりも若干規制の緩い時代。
今はその多くが破綻した消費者金融から投資銀行、そして不動産会社。皆こぞって余りある資金の使い道に困った。
わたしの在籍していた映像製作会社が、某グループのテレビCM製作の技術を請け負った。
孫請けの仕事らしい・・。大手のテレビCM製作社では殆ど請け負わないVTR収録によるⅤCMだ。

映画「渡り鳥」シリーズのテーマソングが流れる中、カウボーイハットの小林氏が馬に乗って登場・・。
たしかログハウスか何かの前でポーズ。スポンサー企業名のサウンド・ロゴが流れてEND、だったと思う・・。

この撮影・編集技術請負の営業担当は当時の営業課の先輩Nさん。営業のシキタリから支払いの滞る製作会社への督促を含め多くの事を教わった大恩人である・・。

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くだんのCMのVTRの編集、局への完成原版の納品・プリントが済んで先輩Nさんに元請けの代理店から電話が入った・・。
製作技術の代金は現金で精算するので、領収証を持って取りに行って欲しい、との事だった・・。
暫らくして先輩Nさんが、真っ青な顔で集金から帰ってキタ・・・。

「ハタノ・・ヤバカッタよ・・・。ホントびびった・・・。」
事務所の座席に座り込むやそう切り出した。

用は集金先がホンモノのその筋の方の事務所だったのだ。副都心のビルの屋上に軒を構え外観からは全くキズカズ、
一歩中へ足を踏み入れた途端、壁の提灯や神棚、刀の装飾その他で理解したのだ。


その時のNさんの顔、いまだに忘れない・・・・。




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背中の羽

もう、クリスマスシーズンですね・・。
我が家もクリスマスツリーの飾付けをすませた。玄関ドアにリーフ、壁にサンタやブーツのペナント、雪だるまのぬいぐるみ・・そして背中に羽をもつ女神像。(左手奥)
これは今年のGWに大阪へ「よしもと新喜劇」を観に出掛けた際にベイサイドの小さな土産屋で購入したもの。
グラフィックス1ブログ秋
この女神像、裏から見ると羽柄の浮き出た感がチョットキモい。
「羽」で思い出したのが40年程前に家族で旅行した伊豆シャボテン公園にある巨大石像「高原竜」。
グラフィックス1秋2
昭和の東宝特撮「ウルトラマン」では、この像が怪獣となり、対する東映特撮「仮面ライダー」では悪の軍団ショッカーの「イーッ」としか喋れない戦闘員が此処をアジトとしていた・・・。
今は亡き日活映画が昭和42年製作したのが「大巨獣ガッパ」。
グラフィックス1秋3
戦時中日本の統治下にあった南方の島から幼鳥を持ち出し、後を追いかけて親鳥が現れ・・というよくある話。
しかし「鳥」的なきぐるみの造形が幼稚で、フィルム合成の技術も猛烈に稚拙で、とある正月、テレビでの放映を観て子供ながらに幻滅したのを覚えている・・・。
優雅な羽ばたきを宙吊りで再現してみせたのが22年前初演の市川猿之助さんスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」。
グラフィックス1秋4
当時東京・銀座のマガジンハウスの裏手に事務所を構えていらしたマルチクリエイターのTさんが、この「ヤマトタケル」のメイキング映像を当時先駆け技術であったハイビジョンで取り組んだ。
スタジオでの隈取り、衣装着付け、見得切り、衣装・美術・照明のデザイナーインタビュー・・。これらをコンパクトなビデオカセットに収めビル4階建ての大きさのスクリーンに圧巻の高精細で再生する云々・・、三菱電機のプロモーションであった。

わたしは数年後、このプロモーションのタイトルをそっくり戴いて、(パクッて)新潟県紫雲寺にある「愛鳥センター」のマルチスクリーン展示映像「天翔る」を演出した。
新潟県内に生息する四季の野鳥を雄大な音楽とナレーションで構成した・・・。
ナレーションには当時親交のあった女性ナレーターを起用したが、元請の展示造形の担当プロデュサー氏に後日、「ハタノサン、カノジョとツキアッテルでしょ!・・・。」とニヤニヤしながら不意に聴かれて、「カンケイ」をフツーにズバリ!見抜かれたのには全く閉口した・・・・。
ナレーション収録の日、東京・築地のスタジオでチョット顔合わせしただけなのに・・・・・。

「バカおとこ」は、やはり顔に出るのだ・・・。やはりナァ・・・。
グラフィックス1秋5
新潟紫雲寺愛鳥センター・さえずりの里


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60周年!東映2題

東映株式会社が今年春60周年を迎えたそうだ。
知らなかった・・・・。

首都圏の後発局・NET日本教育テレビ(現テレビ朝日)の大株主でもある。
遥か昔の小学生の頃より、NETが東映と組んで乱造するテレビソフトに、長く心を魅了された・・。

「昭和40年~素浪人・月影兵庫」「昭和36年~特別機動捜査隊」「昭和41年~忍者ハットリくん」「昭和41年~悪魔くん」「丸出だめ夫」etc,etc・・。
ヒーローものは原作・石ノ森章太郎氏のキャラクター造形力が輝いた。当期売上高1088億円、純利益51億7千万円・・・。
若い頃舞台音響のエンジニアだった事は既に当ブログでお話したが、その中にある仕事があった・・。

舞台関係の製作者の方からご紹介戴き、東映テレビプロの下請けの下請け仕事を請け負った。たしか漫画家・永井 豪氏の持つ劇団の方との混成作業で当時永井氏の事務所にごあいさつに伺った記憶がある・・。

「昭和51年~キャンディキャンディ」のキャラクターショーともうひとつ覚えがないのだが、何かのヒーローショーの抱き合わせだった。
グラフィックス11月ラスト
1度目の稽古は劇団の事務所の稽古場、2度目は本番当日の東京・大井町か蒲田だったかのデパートかスーパーの屋上で行った・・・。
ヒーローショーの役者さんの中に「スペクトルマン」(CX)の公害Gメン役のおじさんがフツーにバイトで悪役参加していたのに驚いた。真剣に段取り合わせするその姿に芸の世界の悲哀を垣間見た・・。


ショーで使用する音響機材は全て、東映テレビプロさんでご用意いただける手筈で、珍しく身体ひとつで出掛けた。早朝、会場入りし改めて東映テレビプロの方と名詞交換し機材はそこにありますんで、と後方を指差された途端、嫌な予感がした・・・。

ボロボロの段ボールにクタクタの民生品のケーブルやマイクがクシャクシャに放り込まれている。


「やばい・・」今日の仕事は業務用の音響機材では無い!


そこで立ち往生する訳には行かないので、機材の様子を把握しながら仕込みに入る。
しかし乍、程なくその予感は的中した・・・・・。
歌やセリフを再生するオープンリール式のテープレコーダーとミキシングアンプを接続するケーブルが無いのだ。何処を探しても無い!わたしはあわててこの業界では在り得ないその状況を、先ほどのテレビプロの現場リーダーに告げた。
「なら、買ってキテ!」「?!!」
元請の音響サービス会社はこういう状況を判った上で、「人」を出すだけで済む単価の低い仕事をわざわざ紹介してきたのだ!

2トン車・4トン車1台分の機材を組み上げないと利益の捻出が出来ない当時の音響業界では、わたしの様に自前の償却すべき機材を持たず身ひとつで動く音響屋は重宝された・・・。


この事以降、キャラクター・ショーの関係は一切、依頼があっても固くお断りした。


ところも時代も変わって新宿警察署・・・。
「新宿副都心」で火災報知器メーカーか大島紬組合か何かの産業映画撮影の撮影許可・道路使用許可を取るために署を尋ねた時の事・・・。
わたしよりひと足早く許可申請に受付に居たのが東映テレビプロの、おそらく助監督さん。
・・・窓口で応対の警官にやたら叱責を受けている。

「ホントにっ!アンタ等は!何回言ってもわッからないんだから!!・・」
どうやら今回の申請では無く以前の申請について責められているようだ。

撮影は大所帯での移動に次ぐ移動で申請の時間との大幅なズレや、無許可のクルマ通行止めや、見物渋滞や、消防法との関りや撮影車両の駐停車など、数え上げたらきりの無いリスクの過大な作業で現在のような「フィルムコミッション」が組織され機能する事も皆無な時代であったのでいたしかたない。
グラフィックス新宿2題
http://photo.martle.net/category/building/high/00003.html

「新宿副都心」は当時多くのテレビドラマ、映画、CM、雑誌で大人気の撮影スポットであった。東映のヒーローもののオープニングの多くや、「昭和47年~太陽にほえろ!」(EX)を含む刑事ドラマ等など多くのシーンを賄えたのだ。
この上空をヘリで空撮し、ドラマのオープニングやエンディングに使用した作品は多い。

当時の新宿西口ロータリーの富士重工ビル前は早朝・深夜そうしたドラマ班の集合・解散場所でもあった。
完成したばかりの京王プラザホテル下には「ズームイン朝!」(AX)の「おはよう!新婚さん」のナマ中継車も待機していた・・・。

役者・スタッフ・エキストラの終電後のタクシー利用抑制・圧縮も兼ね備えた高度成長期の「超理想の東映御用達」新宿。

当方の撮影の朝の集合場所に、東映のドラマクルーのロケバスや機材車が同様に集合待ちしているとナゼか心躍ったものだ・・・・・。



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これが、アホダメおとこのプロフィール!

hata50

Author:hata50
波田野 広之
中学時代、歌舞伎の尾上一門にあたる尾上流舞踊家の畑道代氏(故人)に師事。舞踊集団菊の会在籍。
日本舞踊・民族舞踊・長唄・鼓・三味線を学び、高校在学中、実母の逝去に伴い裏方に転向、舞台音響家を目指し、元日本音響家協会理事・八板賢二郎氏に師事。

ANBテレビ朝日報道局報道取材部アルバイトを経て正社員。制作助手、ENG機材営業を経て社員ディレクター第1号。後、作曲家筒美京平氏の従弟が経営する日本ビクター傘下の映像制作会社勤務。
「早見 優のアメリカンキッズ」他千葉テレビ情報生番組「MOONラビット」総合企画・演出。NTT,Nikon,三共製薬、ロータスジャパン、横浜ゴム、日立、三菱、JVC等東証一部上場企業の産業ビデオ多数演出。

後、映画監督で日本映画監督協会専務理事・後藤幸一氏に師事。河合塾サテライト講座、朝日放送「素敵にドキュメント」「これは知ってナイト」「平成ふしぎ探検隊」他多数演出。
その縁で逸見政孝氏(故人)峰竜太氏、清水由紀子氏(故人)渡辺めぐみ氏らの発起人により、35歳で外国人妻と結婚。

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