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脱法・脱税。贈らんぜい。

日雇い派遣全盛の時代、国内日雇い最大手の上場会社に在籍し、人材の面接から手配業務やクレーム処理、更には請求書処理・企画営業まで、ありとあらゆる業務をこなしたので、裏側の事情には明るい。

新たな就社先として、そうした働き手を「裏でコントロール」する求人も見かけるのだが、二度とその方面で稼ぐつもりが無い。

エキセントリックに生きざるをえない方々に、雇用する側はほんとうに翻弄され尽くすのだ・・。

足を棒にして、拝み倒して採った新規の雇用案件でも、「体調不良」なんぞという窄病癖や「料金未納」の音信不通、あるいは「遅刻モンスター」達により、契約開始後わずか2日あまりで予定の派遣人数が回らなくなり、アッという間に頓挫するのだ。

この歳に成ったらば「使われる側」の方が、遥かに楽だ・・。

ネットを通じて3社程の人材派遣会社の登録説明会に出向いた・・。
ものづくり日本の中心部に位置する都市・・、さすがに東京には劣るであろうが、比較的良好な求人水準を維持しているそうで仕事には困らない・・。

いたいた、まだまだ脱法業者が・・。小汚い雑居ビルの殺風景極まりない事務所に、自社規定の「ピンはね」では飽き足らず、給与準備の「事務手数料」、実体の曖昧な「保険手数料」、就社後2ヶ月以上先送りになる「社会保険加入」、「個人情報保護方針」誓約ナシ、といまどき悪質な運営態様・・、こんな連中に面倒を見てもらわぬと「生きていけない人」のいる残酷、こんな連中で「利益享受」している、この辺の企業の現実・・

グラフィックス板東1
御歳70越えの「資産家スター」が転覆してる。
この歳で月10本前後のレギュラー番組を持ち、コレほどの長きに渡り稼いでいらしたのに、まだまだ「御足」の方が足らなかったのか?「弁明」の機会は幾らでも在るのに応じようとしない「姿勢」が不信を買い、本業のひとつである「プロ野球解説者」についても、2社の放送局が2013年シーズンの再契約を保留している。

グラフィックス板東2

グラフィックス板東3
脱税のご本人はさておいて、気の毒なのは「共演者」達である・・。

今回の一件で打ち切りになった、東海・中京地区の情報番組には、リポーター・ナレーターを含め20名程のレギュラー、準レギュラー陣が居るのだが、仕事がパーな訳だ・・。

一般的な制作費の中からレギュラー・タレントの出演料は局プロデユーサーがマネージメントし、残額が制作費として一括して制作会社に渡る・・。
受発注の額の牌は小さいが、東京の広域圏U局なんぞよりも、断然ケタ数字の良い出演料で、安定した大切な収入源であった筈である・・。
新幹線で駈け付けるに充分な額。

あーあァ、長年付き添って、必死でレギュラーとして、こなして来たのに、「親玉」がこうなっちゃァ、ジムショからも、ワタシからも、今年のお中元とお歳暮は、もうナッシングー、だなァーー。
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記念日つながり。

「吉屋 信子」氏なる明治生まれの小説家が、(昭和46年・1971年没)亡くなる2年前に「週間朝日」に連載執筆した長編時代小説「女人平家」のテレビドラマ版がBS11にて現在放映中である。
bs11.jp/drama/1970/

漢学者で、後の鎌倉幕府の実力者・大江広元と尼寺育ちの「吉永小百合」氏演じる「女人」の悲恋を平家興亡の歴史と絡めあわせ描く時代絵巻・・。(昭和46年・1971年10月~全20話)
グラフィックス女人平家1
(テレビ画面より)
故「田中 絹代」氏、「有馬 稲子」氏、「新藤 恵美」氏他映画・演劇の重鎮が競演する。
NHKの日曜よるの「大河ドラマ」が、まだ「大型時代劇」と呼ばれた当時、大阪「朝日放送」と斜陽した映画本編製作に見切りを付け、テレビ映画にシフトした「松竹京都映画」の渾身の作品。
グラフィックス女人平家2
(テレビ画面より)
製作予算の大半は出演料と美術費、衣装・小道具とに割り振られたであろう事から、平等院鳳凰堂や京都御所近辺の外壁等、ふんだんなロケセットで「御殿」以外の美術費を切り詰めている様子が伺える・・。

手前の「御車」の隊列を明るく照射し、奥へ連綿と続く「たいまつ」行列シーン。当時のフィルム感度で、リアルな夜間の屋外でのこの様な撮影は、相当の時間を要した筈である・・。40数分の画像構成の中で、こうした「ロングショット」が本当に少ない・・。「画」を拡げれば広くしたぶん、予算が掛かるのだ。
グラフィックス女人平家3
(テレビ画面より)
「東映京都」の大規模な敷地で創り込むセットには敵わないものの、「御殿」を模した狭いセットでも奥行き感を出すなど随所にその撮影苦労が偲ばれる。

そんな中、「手抜きカット」も発見した・・。画像を撮り損ねているのだが、公家式結婚(と思うが)のくだりで、「母屋の階段をおごそかに登るシーン」が描かれる。
「おひきずり」で足元が見えない為、その「お足元」を撮る為何を思ったのか「監督」は、階段の裏側にカメラを構えたのだが、コノ「1間ほどの小さな黒塗りの階段」がそれは陳腐なボコボコのキズだらけの代物。

当時の「大阪・朝日放送」のドラマ部門映えぬきのディレクターおふたりと、故「勝新太郎」氏主演の「悪名」や故「市川雷蔵」氏主演の「眠狂四郎」シリーズなど手掛けた有名監督らが持ち回りで「監督演出」。

この中に「大熊邦也」氏と仰る方がおいでになる。昭和育ちの方ならばこの方のドラマの名前くらい、一つはご存知な筈・・。
「天皇の世紀」「おくどはん」「ザ・ハングマン 」「新 必殺仕置人」「必殺からくり人 」「必殺仕業人」「必殺必中仕事屋稼業」「斬り抜ける」等々。
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(1996/05/22)
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わたしは結婚前、「大阪・朝日放送」発局の一連の情報番組で、この方の「プロデュース」の下で大変にお世話に成った・・。わたしとこの「大巨匠」を結びつけて下さったのは、既にこのブログでご紹介の映画監督である。

※関連記事が2013年11月7日付けにございます!是非!ご覧下さい!

今現在、数ある「人物検索」でこの方のお名前を調べても、その「来歴」に触れたものが全く無い。
並み居る監督・プロデューサー群の中で、ドラマ・情報バラエティも含め数百本を手掛けていらしたのに、この状態は誠にお気の毒である・・。
仕事には大変厳しい方であり、作品の仕上がりが叶わなければ放送直前であろうと容赦なく「再度撮影」「再編集」を求め強面でも著名で、その手のハナシには枚挙に暇が無い・・。

ある年の秋頃だったか、たまたま当時お世話に成っていた東京・新宿の映画監督の事務所近くに、関西のご自宅とは別にセカンドハウスを設け引っ越されて来た事があり、「お祝い」にお部屋の片付け・掃除にABCプロデューサーの方らと駈け付けた事がある・・。

留守中に電気の配線やらガスコンロの油汚れやらを修繕したらば、大変なお喜びようで出先から帰り戻ったその足で「食事に行こう!」とタクシー数台を連ね「赤坂」へと案内された。高級イタリアンレストランで10数万円分もの飲食をして、かえって大変恐縮してしまった・・。

グラフィックス結婚記念日
今日3月5日は、わたしと妻の十数回目の「結婚記念日」である・・
東京・新宿で開いた「披露パーティー」も、故「逸見政孝」氏とならんで発起人のおひとりとしてお世話戴いた・・。
ほんとうに、ありがとうございました・・。

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悲惨めなヤツ、用意してネ!

なかなか春の盛りが待ち遠しい・・。
先週は北海道で8人もの方が猛烈な「ホワイトアウト」の中で亡くなられた・・。猛烈な寒さの中で打ち震えながら、どうにもならずに、ついには絶命することがどんなに「孤独で無念」であろう・・。

この一件のあった後の日曜日夕刻、民放各社の定時ニュースは各局とも「トップ扱い」で報じた・・。
TBS、フジはこの状況を現地取材画像で伝えた・・。

テレビ朝日」1社だけは、取材VTRの「背景」に「BGM」を音声として「挿入」しVTR終了後、スタジオより気象予報士を交え解説報道した・・。
グラフィックス報道音声1

テレビ朝日・放送番組基準(以下一部抜粋)

2.番組の編成に当っては、報道番組、教育番組、教養番組、娯楽番組、および広告などの調和をはかり、その配列は視聴者の生活時間を考慮して構成する。内容については、社内外の審議機関を活用し、その質的向上と品位の保持に努め、普遍性のある香り高い放送を目指すものとする。
 以上の基本方針にもとづき、編成する番組種別は次のとおりとする。

(1)報道番組
 報道番組は、ニュース、実況中継および時事問題に関する解説、論評などを内容とする。放送に当ってはテレビジャーナリズムの特性を活かし、事実を正確、迅速、公正に取扱う。
 スポーツに関する番組についてもこれに準ずる。

視聴者を繋ぎとめる為に、「番組タイトル」やCMの「入り」や「アケ」、「提供読み」またスポーツニュースや季節ネタ、バラエティネタに「BGM」が挿入されるのは、その応用に「送り手・受け手の双方」に一定の普遍性がある・・。
ところが、「人」が「命」を不覚にも落としている事件を報道するのに、その凄惨さを扇情的な音楽をわざわざ用いて「死んだ、死んだ、凄い、怖い、大変だ」と「惹起」する必然性が、果たして「正確、迅速、公正な取り扱い」「普遍性のある香り高い放送を目指す」ことに準拠しているのか?という事だ・・。

グラフィックス報道音声2
TBS、フジはこの「北海道の暴風雪」をトップニュースで背景に「BGM」を挿入する事無く、通常のセオリーでもってして「報道」した。
ところが、「テレビ朝日報道」はニュース冒頭から次のニュース項目マデをひとつのくくりとして捉え、「気象予報士」の「暴風雪」解説をもって他局と「差別化」を図ろうとしたのだが、結果このモンタージュは他局と比べ、放送時間が冗長になる為に、「冒頭」から「扇情的なBGM」を挿入して、「視聴者の関心」を引き付けようと「計画」したのだ・・。

これはもうデイリーの「正確な報道番組」では無く「娯楽ショウ」である。

BPOはこうした「表現の自由」に名を借りた「命の尊厳」に関わる「報道の「扇情的音楽挿入」について、ご遺族に配慮した一定の普遍性のある「ルール」づくりを策定して戴きたいものだ・・。
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気温が上がって・・。

一昨日までクルマに乗れば暖房が必要であったのに、いきなりのこの暖かさで乗り込んだクルマは花粉症のカミサンの所為で突然、冷房が必要になった。

休前日の夜は、カミサンは、深夜まで母国フィリピンのテレビドラマやバラエティショウをネットで堪能する・・。
グラフィックス春1
画面では紹介しきれないが、民間放送3局の番組が無料で数時間差で視聴出来る。
このサイト以外にも膨大な類似のページが存在するが、スパイウェアの仕込まれたファイルも散見され、安全に観るには慎重さが求められる。
然しながら、総人口の10パーセントもの海外出稼ぎ労働者が存在する国・・、こうした貴重な娯楽は世界中の至るところで、さまざまに楽しまれている筈である・・。

さて、こうして突然、日中の最高気温が20度を超え、暖かくなると、俄然張り切りだすのが「南の国」からヤッテキタ我が家のカミサンだ。
昨夜は遅くまで起きて、ネット三昧であったので寝坊するだろうと思いきや、起床後4時間半、家のあちこちを拭き掃除~掃除機掛け~掃き掃除~再び拭き掃除を始めた・・・。

こうなると、「麻酔銃」でも使用しなければ、誰もその動きを封じるコトは不可能になる。
わたしは、じっと物陰で、その一部始終を息を殺し、見守るのだ・・。
グラフィックス春2
掃除機を手にすると「アドレナリン」が分泌されるようで、ドカン、ガタン、ガツンと吸取り口のある「ヘッド」や「本体」を、そこらじゅうに衝突させながら吸上げ捲くるのだ・・。お蔭でホースにはアナが開きボディはキズだらけ・・。電話線やサラウンド用ケーブル、コンセントの類いは、全て壁に「U字釘」や「インシュロック」でしっかり固定してある・・。

リビングやPCデスクの陰から、わたしの大好きな「Kitkat」や「天野屋の歌舞伎揚げ」の食べコボシクズが見つかろうものならば、大声で呼びつけられる。その時の目を剥いた凄まじい形相は、まるで「梅図かずお」先生の恐怖漫画のようで、おしっこをチビル程なのだ・・。

「気が短いんだなァ・・。」

グラフィックス春3
(テレビ画面より)
NHK-BSプレミアム「山田洋次監督が選んだ日本の名作100本」
「家族編」「喜劇編」50本ずつを延々2年間もの長きに渡り、ハイビジョンで放映したプログラム。
グラフィックス春4
(テレビ画面より)
最終回のこの夜は山田監督ご自身がコメンテーターとして登場。
わたしも含めて「初めて観る作品」も数多くあり反響は大きかったようだ・・。こういうコトはやっぱりNHKなのだ。
グラフィックス春5
(テレビ画面より)
最終日を飾るは「男はつらいよ」第1作目。
有名な荒川土手のオープニング場面の衣装が、「帽子」「はらまき」「雪駄」「ダボシャツ」では無く、初回は何故か、「Yシャツ」「ネクタイ」姿のサラリーマン風のいでたち。
しかも、よく見れば、シャツの襟にはメイク用の肌色の「ドーラン」(独:Dohranは製造社名)が
で、そのシーンつながりで「松竹大船撮影所」で撮影した、映画冒頭の「ご帰宅シーン」でもやはり「クビ廻り」に「ドーラン」・・。‘汚し”のつもりかなァ・・。
グラフィックス春6
グラフィックス春7
(テレビ画面より)

全48作・・、永いねェ・・。

永いと云えばこちらも土曜よるの長寿番組。
「チューボーですよ!」(TBS)は「900回記念」!(テレビ画面より)
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(テレビ画面より)
「マチャアキ」氏と恒例のゲスト「井上 順」氏、お若い方はご存知無いだろうが、もうこの二人のコンビネーションは「最高」である。「井上 順」氏のこの長年に及ぶ「生活感」の無さ、独特の「洒落たマスターオブ・セレモニー」「昭和のコメディアンオーラ」「レジャー三昧オーラ」がわたしは、大好きである・・。

往年の「刑事コロンボ」のモノマネで、子供の頃大いに笑ったものだ・。

グラフィックス春10
(テレビ画面より)

 ・・さて、わたしは気の短いカミサンに怒られぬうちに、パソコン前から離れて、1杯飲んで寝ることにしよう・・。

嗚呼、我が家は、カミサンが「活動期」に突入したのだ・・・。アーメン。

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晒しの代償。

わたしの住む家の目の前にはサクラの咲く公園があり、その前に幼稚園があり、隣が小学校向かいに保育園、平日の昼間は大変賑やかである。

午後を過ぎると公園は、幼稚園お迎えのお母さん達の「自転車」数十台で埋め尽くされる。
グラフィックス岡1

市内でも有数の学校ロケーションに耳目が集まる公園なので、市の予算の掛け方も「力」が入っており、毎年、サクラが開花する直前の1ヶ月半近く、お決まりのごとく「遊具」の再配置と新設移転が実施される・・。

毎年・・。

去年と今年ではベンチの場所が変更され、ブランコも端に在ったものをわざわざ中央に斜めに据え、しかもその正面に「四阿をつくっています」と、今年は工事かんばんを構えた。
グラフィックス岡2

「四阿」ってなんだ?

『(あずまや、しあ)、東屋(あずまや)とは庭園などに眺望、休憩などの目的で設置される簡素な建屋。』Wikiより

目の前の公園の出来事を「ブログ記事」で取り回すとは、ナントもローカルな話題であるが、ソレもその筈、「暇」だからに他ならない・・。

自己の人生を「晒す」事も、いまどきの世の中、情報発信の手段としては許されるのだが、この記事を書く間は何の生産性のかけらも無い・・。1円にも成らないのだから、こうしている「時間」は始末が悪い・・。

「晒す」といえば、わたしの子供の頃、東京の実家周辺の商店街はもとより、新宿、上野等の繁華街には「傷痍軍人」なる方をよくお見かけした・・。

かつて第二次大戦の戦地において負傷し、足や手の切断を余儀無くされ、戦争終結後、定職に就くことが難しく、国が創設した定住機関で一生を送る人も居た・・。

ところが、中には都心の繁華街や祭り・縁日には街頭でひざまずき露天商が並ぶ脇などで、ハーモニカやアコーディオンを奏でて金銭を乞う者も多数存在した・・。
グラフィックス岡4

学校の帰り道や日曜日に両親に連れられて、都電で出掛けた新宿のデパート脇や地下通路に、独特の「真っ白」い軍服に身を包み、陽に焼け、血を吐くような目で路面を睨む「男」の姿を、この歳になってもハッキリと思い出す・・。まだ戦後十数年ほどの世の中、一体どれほどの人々が「同情」を寄せ、金銭を差し出したのだろう・・・。

調べると、未だにその軍籍を騙る、どう見ても実生存年齢と合致しない「紛い物軍人」さんが年輩者が集まる場所に出没しているらしい・・。

さて「晒す」といえば、昨年公言はしていないものの、民放ラジオでご自身が「うつ病」症状を仔細に暴露したのがナイナイ「岡村 隆」氏・・。
グラフィックス岡3

仕事は順風満帆にも関わらず、悲願の「結婚成就」には、未だ着地せず・・。

復帰後、多々あるレギュラー番組等で「婚活」に励む「晒し番組企画」は、なんとも贅沢でもあり、滑稽でもあり、また哀れでもある・・。

でも、羨ましいなァ・・。人生「晒し」て、スポンサーが付き、莫大な「金」を産む・・。生産性高いなァ・・。





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赤色は塩、上はアナタ・・。

広島県にある牡蠣工場で社長以下、パート従業員が中国人研修生に殺害暴行されたという・・。

容易に職場での人間関係が想起できる事件だ・・。

『別の会社で働く中国人実習生に「社長は人使いが荒い」「ばかと言われたりする」などと不満を漏らしており、県警は不満を募らせた容疑者が、社長(55)に怒られたことで逆上した可能性もあるとみて・・』(報道より)
グラフィックスパートヒステリー
(テレビ画面より)
画面背後が作業場。壁面の傷みや放置車両、売り上げの低い商いを窺わせる。

社長のパワーハラスメントに、パート従業員が日常的に追随し、言語や文化の相違点も相手を思い遣る気持のひとつも持たず、パート従業員よりも更に低賃金で雇用し、実習生を精神的・肉体的に「追い込んだ」当然の結果である・・。
相手が日本人であるならば、人知れず辞める事も出来よう・・、しかし彼は、おそらく「旅券」を「預かり」の名の元に取り上げられ、すさんだ設備の住居兼作業場からは逃げることが出来ない。ペナルティは母国の家族に及ぶ。

グラフィックスグラフィックスパートヒステリー2
グラフィックスパートヒステリー3
暇な時間が増え、夕食の支度、洗濯と主夫業が若干忙しいのだが、我が家でも類似する状況がある。

例えば、我が家のキッチンワゴンの上に色違いのタッパーウエアがある、例えば洗面台脇にタオル置場がある。
カミサンは自分でこれらを購入し、日頃整頓しているので置場や内容を緻密に「理解」している・・。

ところが、事情を理解せず、わたしのような第三者が、新たにそれらに「触れて」順序変更すると、途端に「ソコニ、オカナイデヨ!」となる・・。

長年それらの整理状況を「専制」する事に拠る「独占権」「整理権」が発生しており、「他者の不理解」に「絶対的非寛容」なのだ・・。

「もう、何してんの?」「何回云ったら判るの?」「勝手にやらないでよ!」

誰にでも判る「明示」が無く、「手順書」が策定され展開されず、永く勤続している者のみが、あらゆるルールの編集権を持つ、あるいは「経営・管理側」がそれを委ねてしまう・・。
これは日本を問わず、世界中の「職場」で、「家庭」で昼夜、起きている・・・。

特に、「職場」においてこの「統制」が「崩壊・破綻」し、『パートタイマー』が牛耳る組織には、将来性はおよそ皆無であり、その自浄性は極めて低い。


他人を「人」として尊重しないパワハラのツケの代償は「命」を奪われるという、痛ましい事態となった・・。




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いけうとさ、裏返しの渋谷。

もう随分と出掛けていないが、東京・渋谷駅がいよいよ大改修するらしい。
グラフィックス渋谷1
渋谷公会堂では、毎週月曜よる『NTV紅白歌のベストテン』(1969年・昭和44年~)が「堺 正章」氏の司会で生中継されていた。
中学生の頃、伝統芸能の舞踊団に在籍していた事は、以前よりこのブログで度々ご紹介しているが、その公演が同公会堂で開催された折、おそらく休憩中であったと思うが舞台袖の廃棄品ラックに、この『ベストテン』の放送台本が捨ててあり、わざわざ近くに居た職員に断って譲り受けた記憶がある・・。
グラフィックス渋谷2
小学生の頃よりテレビ・ディレクターに憧れたわたしには、その「ガリ版刷り風」の分厚い1時間番組の台本はまさに「宝物」であった。
出演タレントの氏名はもとより、中継ネット局、技術スタッフ名・・、何よりも番組オープニングも含めたカメラ割りの詳細な指示が、8割がた印字済みで、歌手の歌う楽曲の何小節目の歌詞で、どのカメラが撮るのか現場で○印内に手書きでカメラ番号を穴埋めするように成っていた・・。

放送専門学校や大学を出ずに、テレビ副調整室で采配を振れる位置に立てたわたしのスタートは、この「廃棄台本」からである・・。

東京・吉祥寺は亡くなった母の実家にも近く、三鷹の下連雀方面から玉川上水~「デパートの丸井」あたりは幼少から高校生活の間も散々、歩き回っていた。
グラフィックス渋谷7
http://komekami.sakura.ne.jp/
駅北口がまだまだ閑散として、南口の井の頭公園・動物園に広く土地勘があったので、もっぱらデートはその界隈で「お気に入り」を案内し、京王線で渋谷駅へ向かい「食事」するのがパターンであった・・。

お連れしたのは全部で3人。

1人目は待ち合わせに1時間遅刻して日が暮れてしまい、不完全燃焼・・。
2人目の彼女はスラリと長身で、ルックスはとても可愛いかったのに、あまりに「胸」が扁平で円山町のホテルへ連れ込んだものの、性的にすっかり萎えてしまい一夜明けて物凄く気まずく、別れる前に駅東口の宮益坂の喫茶店で「味のしない」モーニングを、ふたりして街行く「人の群れ」を無言で眺めながら食べた、苦い思い出が今尚残る・・。

吉祥寺の水天宮が縁切りの「水神様」であるのを知ったのは、それから数人のお付き合いを経て9人目の彼女とのお付き合いの最中・・。渋谷の駅のひとつ手前「神泉」駅で降りて酒を飲みラブホテル街に直行した・・。

「ワタシタチ、(この先)別れるかなァ・・?」今の家内と結婚前まで5年間お付き合いして、現実と成った・・。

グラフィックス渋谷3
昭和の刑事ドラマの逃走シーンに頻繁に登場した、246号と六本木通り上を跨ぐ歩道橋下では、深夜に酔いつぶれて寝込み、「ニイチャン!こんなトコで寝たら危ないヨ!!」とタクシー運転手に叱られた・・。

日本橋の「三越デパート」内の「三越劇場」と並ぶ古典・邦楽・落語等の演奏会、独演会の昭和のメッカ、東急「東横デパート」の上階に「東横劇場」(1986年・昭和60年閉館)なるホールがあった・・。
グラフィックス渋谷4
わたしが「古典舞踊」を習い舞台に立ち、「踊り」独特の「間合い」が判る事から、ナマのお囃子や唄を用いない「テープ伴奏」によるその手の公演に随分と「音響オペレーター」として呼んで戴いた・・。

老舗中の老舗、「遠山照明研究所」なる処がホール管理を担当・・。
照明技師さん方は常駐していたが、音響の装置が脆弱でもっぱら「舞台花道奥」に仮設装置を組み運用していた・・。

雇用主さんからの技術料の他に、「踊り手」さんからの高額な「ご祝儀袋」が、舞台前に手渡され、これが結構な金額であった・・。(後々、こうしたいいオモイは金銭感覚を狂わすコトとなる)

ある時、複数の著名な「日本舞踊」の流派が数十分程度の「創作舞踊」を持ち寄り合同で公演発表する「催事」があった。
わたしは老舗「花柳流」の担当を任され、当時、東京・六本木の麻布警察真向かいにあった超豪華で重厚な住居兼稽古場へ数回、伺った・・。
作品は劇作家「岡本綺堂」か「泉鏡花」の作品をモチーフに「呪縛から解放」される様を「表現」した。

本番前日、各流派ごとにリハーサル。
わたしが担当した「花柳流」は開演は当日最後のオオトリだ・・。


「花柳・・」の1本前の「流派」(流派名が記憶に無いがたぶん藤間流?)は「手術」と「人間の死」やらをモチーフに「創作」。
グラフィックス渋谷5
映画、舞台、テレビドラマで大活躍された故「佐藤 慶」氏の重く、泰然とした「オリジナル・ナレーション」と「音楽」構成で迫った・・。
この「流派」の「音響操作」はこの踊り手さんが契約した、髪の長い年の頃26,7の「女性音響オペレーター」であった・・。
舞台中央に手術台がしつらえられ、薄暗い照明の中で、故「佐藤 慶」が「氏名」を読み上げる・・。

「○○○○死亡・・。」

「○○○○死亡・・。」すると、前衛的な音楽をバックに演者が舞台上をクルクル横へ転がりながら捌けて行く・・。
奇妙だが、渋かった・・。


音響機材は「オープンリール」式のテープレコーダー×2台と音声調整卓のシンプル過ぎる構成。
髪の長い女オペレーター」さんは(藤間流?の)リハを終え「オープンリール」の「演奏音源テープ」を外し、傍で準備の為、待ち構えるわたしに「お疲れ様です」と会釈し彼女と交替・・。

わたしの「花柳流」の作品リハも無事に終え「劇場」を後にした・・。

日本を代表する踊り流派の「創作舞踊研究会」公演。わたしの担当はその日イチバン最後なので、開演からかなり余裕をもって楽屋入りが許可された・・。
控え室に居ても「舞台の音声」だけはモニターを通して聴く事が出来る・・。

他の流派の上演中は特別に狭い作りの「東横劇場」は舞台袖も狭く、関係者でも邪魔になるのみ・・。
前日のリハとは違い、離れた場所で待機した。

暫らくして「異変」に気付いた!
故「佐藤 慶」氏の「吹き込み」の「オリジナルナレーション」が「朝鮮語」か「ベトナム語」のように韻を踏んで流れている!

舞台袖に駈け付けると「髪の長い女オペレーター」さんは「泣いていた」・・。
グラフィックス渋谷6
http://www.sony.net/pressroom/digi/ayu005.html
通常の再生は画面左側のリールから供給された音源テープを中央の「再生ヘッド」で読み取りを行い、右側の「空リール」側に巻き取られる。

舞台に感動していた泣いた訳ではナイ。

前日夜のリハーサル終わりで、彼女は終わりを急ぐか、傍で順番を待つわたしに気兼ねしてなのか、演奏し終えた「演奏音源テープ」を、アタマに巻き戻せねばならないものを、そのまま外して巻き取られたままの状態で翌日、「裏返し」再生してしまったので、「収録された音源」全てが間逆に演奏されたのだった・・。

この手のテープは音楽本編が始まる部位まで、ポリエステルベースの「白味」と呼ぶリーダー・テープを数メートル、鋏で編集・挿入し、「音楽」がスタートする直前にデルマペンで以て「マーキング」する・・。

通常では起こり得ないミス。

普通、その間違いが舞台監督に伝われば、一度「緞帳幕」を下ろし、事情を場内アナウンスの上、改めて「再演」するのが適切な処置だが、何処でどうなったのか寄り合い所帯での所為か、今と成っては判別しかねるが、舞台は続行された・。

前衛過ぎる「音楽」も発見を遅らせたであろう要因のひとつ。

そして何よりも不味かったのは「背景音楽」と「ナレーション音源」を別々の「再生テープ」として準備せず、劇場に「ミックスした音源」で持ち込んだ点。
サイショから分けてあれば、最悪、ナレーションだけ巻き戻して、善きところから「再生」する事が出来た。

現場での「手間」を惜しんだか、「安全策」をとりつつ「油断」したのが間違い・・。この「流派」に限って数百万の製作経費がパー。

オレが、傍に「立って」て急かした風だったのが「原因」じゃナイヨネ ね・・。




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すかぱーあほかー。

さて開局1周年を迎えたBS無料放送『Dlife』で全米で大人気のドラマ「リベンジ」シーズン2がこの土曜からスタートする。番組HPからニュースリリースをコピペしてここで「通」ぶるのは他所サマにお任せしよう。
グラフィックス桜1
http://www.dlife.jp/
昨年、たかが日本初放送というだけの、一海外テレビドラマに過ぎぬこの作品を、BS放映日のクライマックスに併せて、地上波民放各局へ「番宣スポット」CMを広告出稿するという、異例中の異例なマストバイ戦略は度肝を抜いた・・・。
その広告展開手法は、まさに「無料チャンネルの黒船来襲」である・・。



他方、経営上有効な加入契約世帯数1500万件という大きな目標を掲げる有料・衛星放送業界は、過渡期に差し掛かっている。
スマホやタブレット端末の普及背景によるデバイスの多様化・テレビ離れ、視聴可能な受像機は普及したのに「お金を払ってまで観たいと思う番組が無い」事などを要因に加入世帯は1100万世帯を超えてから足踏み状態が続き、「大苦戦」なのだ。

わたしの住む地方でも見受けられるが「スカパー有料契約」は購買意欲の高い、富裕層による能動的な視聴者が多い事は調査統計が示している。

CATV局の一般世帯へのセールス方針も、『ビッグベーシック』依存型で加入世帯数の伸び悩みの一要因とも指摘される。
観る側に不用なチャンンネルも「沢山こんなに観れてオトク!」と抱き合せの高額で販売し、一方で専門性の高い単品販売を拒否。

「魅力ある番組を制作しプロモーション強化で、契約数実現は十分に可能な数字だ」とは業界団体の強気な発言だが、古い過去のコンテンツも含め渾然一体にあれもこれもグロスでなんぼ、と供給事業者を乱立乱造参入させたこの状態では、「有料番組」への興味関心が見込める訳が無い・・。

日本で衛星事業がスタートして28年。経営的に頓挫した供給事業者もあるが、零細な事業者やSD放送(標準画質)でオンエアを続ける事業者もまだまだ散見される・・。
グラフィックス桜2
http://www2.edu.ipa.go.jp/gz2/list.html
普通のオフィステナントビルに放送設備を常設し、プログラムはNTTへアップリンクする事業風景

例)資本金
株式会社 囲碁将棋チャンネル:8,800万円
株式会社デジタルプラネット衛星放送:1億5千万円
株式会社アトス・インターナショナル:2億5700万円


新規に提供スポンサー企業を確保しようにも、業界関連団体が広告出稿社獲得の為算出する「視聴世帯数資料」は「視聴可能な見込み世帯数」で水増し天国・非公開天国。
「観てくれたなら」の仮定の資料でインパクト皆無。

低資本、低予算、少人数、低収益の連鎖では、創る側のポテンシャルも上がらないであろうし、作り手・売り手双方のプラットホームは縦横長さマチマチ・・。

行政が広く「参入」を許可してしまったのでコンテンツの類似・競合ダラダラで、マストバイが希薄では、もう限界。


高収入高学歴の郵政役人や衛星事業者の常務・専務が幾ら額を寄せても、戦略を立てる上でも、とても複雑で難しい時期に突入したようだ・・。


というコトで、BS無料放送『Dlife』、「リベンジ」土曜よる10時スタートです・・。






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オオサカ・カタルシス。

春本番に向かい一進一退が続く・・。
全国で開花のたよりが聞かれるが、この地方ではいまだ「蕾」を固く閉ざしたまま・・・。

わたしの「人生」同様である・・。歳はとってしまったが、何故か「閉塞感」や「焦燥感」は無い・・。
なんでだろう・・。

「暇」であることに変わりは無いのだが、我がブログ・ランキングは何故か上位を維持している・・。
「暇」なのに「一番」。

思えば、「現役のギョーカイ内で昼夜活躍中」の面々が、「ブログ」なんぞをチマチマと書いている暇などあろう筈が無い。
この「日本ブログ村」ランキング テレビ・ディレクター/プロデューサー部門に対し、たったの「12サイト」しかエントリーが無いのも頷ける・・。村内に70万サイトもあって12・・。

少ないなァ・・。

少ないといえば、全国の系列放送局に対し番組供給枠を持ち、番組を送出している関西圏のテレビ局・・。
これも僅かだなァ・・。
古くから、歴史的には日本の民間放送は東京では無く、中部・関西・九州圏から普及した経緯が在るが、番組提供するスポンサーの調達は、日本経済が集中する東京が主である・・。


「関西圏・大阪人」テレビマンが製作する「全国的な広範囲向けの番組づくり」・・。
一度、立ち上げると超・長期間、内容、構成、キャストをイジラズ、サワラズ進行する「大阪デファクトスタンダード」。

グラフィックスおおさか1
(テレビ画面より)
日本の最長寿クイズ番組パネルクイズ「アタック25」(昭和50年・1975年~)
今は亡き故「児玉 清」氏の後も延々続く・・、バカでかい美術セット、緩い問題出題と後方パネルの占拠対戦、今の時代、面白いかァ

グラフィックスおおさか2
(テレビ画面より)
「たかじんのそこまで言って委員会」(平成2年・2002年~)
吐き気のするような「読み方」をする、兵庫出の女性ナレーターのVTRと、雛壇大股開き座り+鬱陶しい奇妙なるタテ置きディスプレイ、「ざこば」氏や「山口もえ」氏のキャスティングも笑わせるが、特筆すべきは東京・日本テレビにネットしていないコト、複数のレギュラー・パネリストが「言葉狩り」に因り、東京製作の番組から降板を余儀無くされているコトこれに司会者を加えると「上方・傲慢のフルコース」
グラフィックスおおさか3
(テレビ画面より)
「上沼恵理子のおしゃべりクッキング」(平成7年・1995年~)
現在は招かれるゲストは座って見ているだけ。「恵美子」氏は立って喋ってるだけ。ブヒブヒ、昔から・・。
美術セットもひねり過ぎだ・・。

グラフィックスおおさか4
(テレビ画面より)
「ウェークアップ!ぷらす」(平成3年・1991年~)
老舗よみうりテレビが、政界・財界、中央とちゃんと繋がってマスヨとアピールする1週間に一度のビッグ・チャンスタイム「辛坊」氏56歳には見えないねェ・・。東京の日テレの皆さんに土曜日をゆっくり休んで戴く為の番組、とわたしは思っている・・。背景は飾り込み過ぎて鬱陶しいヨ美術は「U字型テーブル」。

グラフィックスおおさか5
(テレビ画面より)
「知っとこ!」(平成15年・2003年~)東京のTBSの皆さんに土曜日をゆっくり休んで戴く為の番組、とわたしは感じている・・。「中尾 彬」氏「桂 ざこば」氏は既に降板。美術は「U字型テーブル」。

グラフィックスおおさか6
(テレビ画面より)
「朝だ!生です旅サラダ」(平成5年・1993年~)東京のテレビ朝日の皆さんに土曜日をゆっくり休んで戴く為の番組、とわたしは考えている・・。美術は「円形テーブル」。東京から出向く大半の出演者は、前日大阪入りだから旨い店案内されるんだろうなァ・・。

あー、みんな「とうきょう」に負けまいと美術セットに「力」が入ってテ、目がチカチカするヨ・・・。

土曜、日曜のプライムタイム・・。見慣れない、聞き慣れない「スポンサー名」の提供CM・・。
「中身」でショーブしなはれやァ・・。関西のギョーカイの皆様、とりあえず、お疲れ様デス・・。

でも・・、「徹子の部屋」の美術セットよりは、一生懸命かなァ・・。いや、『必死』だ

グラフィックスおおさか7
(テレビ画面より)
「バラエティー生活笑百科」(昭和60年・1985年~)
NHKですが。キャーーーー、モウ、ヤメテーーーーーーーーナ
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MOONラビットの花束。

今週の火曜よる、久しぶりに懐かしい「お顔」を拝見した・・。
「高原 兄」氏。
グラフィックスアラジン1
(テレビ画面より)
関東の「千葉テレビ放送」で『情報バラエティ・MOONラビット』を担当した当時、大変お世話に成った・・。

以前、当ブログで再三触れたがTDLに『Star Tours』が登場し東京ベイに「ジュリアナ」がオープン、銀行のお金が町中に溢れた昭和バブル経済の真っただ中・・。

フォーマルウエアの社団法人が持て余した資金の一部を「電通」を通して、恒常的に厳しい経営環境にある「県域UHF局」に番組製作で資金提供し、わたしが在籍した会社が「おつきあい」で引き受けた・・。

受注金額が月額160万円余りと、あまりに安く、テナントビルに入居するだけの制作会社では、撮影機材費やら技術スタッフ費用、仕上げに掛かるVTR編集諸費用などの経費捻出が不可能であった・・。
1クール分制作しても500万円を下回り、おまけに「生放送」の為、毎週千葉県まで出向かなくてはならないのだ。
「電通参事」は口にしなかったが、制作会社の「選定」には紆余曲折が在った筈である。


「つきあい」で引き受け、テレビカメラや編集スタジオを自社で所有し諸経費を(曖昧なる)グロス計算で処理し、更に制作スタッフの遣り繰りが就くカイシャ⇒わたしの居たカイシャ。

わたしの直属の上司は「長期間、安い仕事」にスタッフを丸抱えで捕られる「受注」に強い難色を示した。
当然のコトである・・。
一方で、わたしはといえば、継続的に自分の制作したものが、毎週、ナマ放送で、電波する・・。

小学生の卒業文集に描いた「夢」が現実となる「チャンス」
渋るチーフプロデューサーを尻目に、この番組製作の合間に他社の業務も平行して「受けこなす」コトを前提条件に(実際は半年間で1本しかコナセナカッタ)社長と話をつけ、制作補4名をシフト制で迎え番組を立ち上げた・・。

月曜よる7時から1時間のナマ放送。全篇VTR番組ではナイ分、撮影取材や仕上げの編集作業の経費は削れる。
しかしながら、週あたり40万円しか無い予算からの高額な出演料捻出は厳しく、「少人数」で「スタジオ」の空気を盛り上げる番組進行が「必須課題」・・。

そこで「白羽の矢」だったのが「高原」氏であった・・。

当時、名古屋テレビ『オジャマンないと』(昭和59年・1984年~)なる民間放送連盟賞優秀賞を受賞した深夜番組にメインとして出演中で、「太平サブロー」氏と共演の『尾行大作戦』と題する放送回のサンプルVHSを拝見し即決した・・。

グラフィックスアラジン3
(テレビ画面より)
「高原」氏の起用は「大成功」で、1クールで終える筈の番組を3クール延長した・。

この「改編」にあたり企画立ち上げ当初から、局側のプロデューサーは、現在の番組枠でシンガーソングライターの「KAN」氏を起用し、洋楽POPSビデオを垂れ流す『テレジオ7』との類似性・維持を強く求めたが、わたしは頑なに「否定」してみせた・・。
理由は1980年代より既に、かなり先行して県域UHF局の「テレビ神奈川」が「ミュージック・トマト」のタイトルで、アメリカの「MTV」を模した月~金の「帯番組」を製作し、地元中高生に絶大な人気を収めていた背景と、実のところわたし自身、あまり「洋楽」に造詣が無かったからに他ならない・・。

今にして想えば、「電通参事」の作成した赤字確定の「番組企画書」にわたしが「踊らされず」にそうした模倣「垂れ流し番組」にもう少し「傾注」していれば、「体力・精神力」を維持しながら若干でも「売り上げ」を計上出来たのかも知れない・・。

レコード会社が持ち込むPVを大量に漫然と流し、数通の葉書・FAXの反応で番組進行・・、こんな造りには耐えられない・・。
誰にでも、何処の会社でも製作出来る・・。何も局外の製作会社に「外注」しなくとも局内で「従来通り」チマチマとやれば良いコトなのだ・・。
「参事」の企画書には低予算・低品質・低反応「UHF局・スパイラル」から「脱却」させる外連味も在った・・。

わたしは答えて見せた・・。開局以来1度も採用した事が無い、必要が無かった「タイムキーパー」」を東京から連れて行き、番組の「進行速度」を上げ、情報量を多岐に網羅し、局プロデューサーに懇願された「洋楽PVの紹介」は1回の放送で3曲以内・1曲あたりのオンエアは60秒に規定した・・。放って措いたら「フルコーラス最後まで、好きなだけ」流せと言い出すだろう・・。


『MOONラビット』4クール目の続投打診が局側からあった時点で、わたしは疲弊しきり降板した・・。これ以上会社に「迷惑」も掛けられない・・・。

最終日の放送終了後の夜、「千葉テレビ」局舎裏手の大きな「割烹」で局プロデューサー主催の「お別れ打ち上げ」が開催された・・。
「高原」氏他、「堀江 淳」氏、女性キャスターの「赤堀容子」氏、「高橋圭三プロ」の女性リポーター・マネージャー諸氏、「芸神集団アミューズ」の「エンジェルス」の皆さん、落語家「桂 竹丸」氏、局スタッフ、わたしの会社社長以下大勢の大宴会・・。

・・番組は4クール目に突入するが、わたしが降板するコトで「わたしの会社」、「高原」氏他「エンジェルス」等の面々の一切が撤収となり、移籍するプロデューサーとADのみが続投・・。
ビールも料理も味がしなかった・・・。


わたしの最後の「ご挨拶」も複雑なものに成った・・。


あまりの大勢の人数と駅繁華街からかなり遠い、千葉刑務所のある小高い丘上ゆえ、2次会に移動するも多数のタクシー送迎が必要で、おまけに2次会費用そのものなど、誰も捻出出来ない・・。
我が社の「社長」(作曲家・筒美京平」氏の従兄弟)も、しっかり「撤収」のつもりである・・。
「東京」は遠いのだった・・・。


三々五々、お後はご自由に・・、という「苦しい雰囲気」の中、闇深い「割烹」の表にぞろぞろ向かう・・。

提灯明かりの玄関先で「高原 兄」氏が傍に立つ「堀江 淳」氏に人知れずつぶやいた・・。
彼の声はよーく通るのだ・・、「歌手」だもん・・。


「フツー、こういう時、花束くらい在るよなァ・・。」


「高原」氏は何事も無かったように声を掛けて来た。「ハタノちゃん飲みにイクヨ
「花束」のコトも気まずく、疲れきっていたわたしは、まるで逃げるように現場を後にした・・。

グラフィックスアラジン2
(テレビ画面より)
「スンマセン、兄ィ・・。」
もう、沢山稼いだみたいだし、許してね・・。
今度遇ったらご馳走してクダサイ・・。


これが、アホダメおとこのプロフィール!

hata50

Author:hata50
波田野 広之
中学時代、歌舞伎の尾上一門にあたる尾上流舞踊家の畑道代氏(故人)に師事。舞踊集団菊の会在籍。
日本舞踊・民族舞踊・長唄・鼓・三味線を学び、高校在学中、実母の逝去に伴い裏方に転向、舞台音響家を目指し、元日本音響家協会理事・八板賢二郎氏に師事。

ANBテレビ朝日報道局報道取材部アルバイトを経て正社員。制作助手、ENG機材営業を経て社員ディレクター第1号。後、作曲家筒美京平氏の従弟が経営する日本ビクター傘下の映像制作会社勤務。
「早見 優のアメリカンキッズ」他千葉テレビ情報生番組「MOONラビット」総合企画・演出。NTT,Nikon,三共製薬、ロータスジャパン、横浜ゴム、日立、三菱、JVC等東証一部上場企業の産業ビデオ多数演出。

後、映画監督で日本映画監督協会専務理事・後藤幸一氏に師事。河合塾サテライト講座、朝日放送「素敵にドキュメント」「これは知ってナイト」「平成ふしぎ探検隊」他多数演出。
その縁で逸見政孝氏(故人)峰竜太氏、清水由紀子氏(故人)渡辺めぐみ氏らの発起人により、35歳で外国人妻と結婚。

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