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コメント

日比谷3題。

前回、前々回の更新記事で、30年目にして「過去の経緯」を明かしたらば、自分の中で「ブログを書く」という行為が少しだけ一段落した・・・、と思う。それ以前の記事はここに行き着くための「助走」だったのだ・・、と。

BS11名作劇場(木曜よる9時)『三人家族』(1968年・昭和43年~)。
グラフィックス日比谷1

地上波民放キー局を親会社に持たない、「ビッグカメラ」が筆頭株主の連結子会社、「BS11」。
いつもながら昭和時代のなかなかマニアックな「ドラマチョイス」が多いなァ、と思って調べたら、深夜枠のマニア向けアニメ以外は、50代以上が番組編成上の「コア・ターゲット」らしい。

BS放送なのに,その自らの棲み分けが変わっている・・・。

ま、いっかァ・・。「FOX bs238」なんて開局以来、ハリウッド・チャンネルを標榜しながら、いまやあろうことか、日本のプロ野球中継を延々、ゴールデンタイムにしてるもんなァ・・。

当時、名匠「故・小津安二郎」監督と並び性的描写の皆無な男女の「恋愛観」から、「家族愛」を描いた「故・木下恵介」監督のメガホンによる全26回の人気テレビドラマ・・。


教員を目指したものの、戦後十数年を経ても尚就職難の時期、「木下監督」に師事し「脚本家」として見事開花したのが、このドラマ執筆がデビュー作にして大ヒットとなる「山田太一」氏。

主人公の男・女各々の生活背景がいずれも「3人家族」という、お得意の「いびつな人間関係」・・。
グラフィックス日比谷4
主人公と友人が「人生」を語り合い、散策する背後の風景は50年前の「日比谷公園」。

過去には武家屋敷が並び、旧陸軍練兵所を経て、神社仏閣を除き、一から造成された「都市公園」としては最古の公園。
グラフィックス日比谷20
写真提供:トリップアドバイザー


遥か昔、小学校の遠足で「憲政記念館」や国会議事堂を見学後、休憩で訪れた事があった・・。

自由行動の時間、かなりの広範囲に三々五々園内を回遊してみたが、子供の目にはさして面白くも無く、名所の噴水前でぼんやりしていた。


「ボク、ボク、チョッと時間ダイジョブかなァ・・。」


突然、若いオトコに呼び止められた。


「テレビの撮影やってんだけどさァ、助けてくれる?」


恐らくこんな会話だと思う・・・。数メートル先に居た「タカハシ」クンだか「タナカ」クンを呼んだ。

「テレビに出てくれ、だって・・。」
グラフィックス日比谷5
この「ヒト」がこの格好で突然やってきた・・。


騒ぎを恐れて、撮影部はおろかこの「ナントカ隊員」と「円谷プロの助監督」以外、誰も周囲に居ない・・。


炎天下、カメラポジションでも変えていたのだろう、少しの間があった・・。
「ボク、お茶有る

「ナントカ隊員」は、わたしが腰に提げた彼の被るヘルメットと全く同じ「色鮮やかなオレンジの長い象印の水筒」を指差した・・。

「ハイ「ナントカ隊員」は、わたしの差し出すお茶を旨そうに飲み干した・・。


(オレの水筒で飲んでる・・。)

グラフィックス日比谷6
TBS『トリプルファイター』(1972年・昭和47年~)
東宝特撮の名門「円谷プロダクション」が当時、民放各局に1本ずつ特撮ドラマ製作をしていた、「粗製濫造の時代」の作品・・。
あまりの低予算の為、「地球侵略」を防衛するのは、たった3人の軍隊。

「東宝スタジオ」を使いミニチュアを造形する余裕も無いので、もっぱら採石場や河川敷での中古車に「特装」を施した車両の「カーチェイス」や「擬闘」がメイン。


後日、夕方のオンエアを心待ちにした。

月~金の毎夕、5時半頃からの10分程度の帯番組なので、ずーーと観ないといつ自分がでてくるのか判らなかった。(助監督は概ねいつ頃の放送かは、教えてくれた)


まだ、家庭用VTRなんて無い時代・・・。

相当、遠くから「望遠」で狙ったカメラは日比谷公園の噴水を捕らえ、脇にオレンジの戦闘服を着た「ナントカ隊員」が立ち、彼が指差す方角へ、勢いよく走り出す「ピンク色のシャツを着たガキ」がわたしだった・・・。



「日比谷公園」は大変に「撮影許可」が取り易い。(今現在は知らないが)


既にこのブログ内でも紹介の「早見 優のアメリカンキッズ」をはじめ、多くの産業映画や、時には元アラジンの「高原 兄」氏と♪メモリーグラスの「堀江 淳」氏をお連れして、緩いコントを撮ったりした・・。

スグ、借りれて、許可申請が簡易で、無料、ロケ車両の駐車場所に困らず、都会的な「画」が取れ、都心なのに日中、比較的に人通りが少ない・・。


「街ロケ」の理想である。


このブログの更新作業中に「楽天オークション」で、最早自分の「手元」には無い『アメリカン・キッズ』のビデオ版3シリーズのうち1本の「出品」を知り、即「落札」した・・。
グラフィックス日比谷21
わたしの演出したオープニングタイトル。
グラフィックス日比谷7
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グラフィックス22
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恐らく、僅か30秒足らずの映像だが当時の大掛かりなVTR編集スタジオで7、8時間は作業した筈・・。今なら「家庭用パソコン」で瞬時に出来上がる・・。
ビデオ「本編」の方も更に4,5日程度徹夜で「繋いだ」筈だ・・。
グラフィックス日比谷16
グラフィックス23
この後、「プーピー」チャンと「ガリソン」クンは飛行機に乗って「日比谷公園」に舞い降りるのだ・・。

以前、このブログでも申し上げたが、この「オープニング」は「中京テレビ放送」が製作し、「日本テレビ放送網」で早朝にオンエアされた「番組」のオープニングとは異なる・・。


「正規」の番組オープニングのように解釈されて、「Youtube」等の動画サイトに繰り返しUPされているが、オンエアが陳腐だったので、玩具メーカー「バンダイ」様用に「ビデオ版」としてわたしが新たに作り直したモノ・・。


「本放送分」のオープニングを所持されている方がもし、おいでになったら、どなたか差し替えて戴きたい・・。



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残念ながら、数十年ぶりにお目に掛かれると思った「落札」したビデオは、出品者の方が梱包準備中、うっかり破損してしまった、との事で、「対面」」は叶わなかった・・・。

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これが、アホダメおとこのプロフィール!

hata50

Author:hata50
波田野 広之
中学時代、歌舞伎の尾上一門にあたる尾上流舞踊家の畑道代氏(故人)に師事。舞踊集団菊の会在籍。
日本舞踊・民族舞踊・長唄・鼓・三味線を学び、高校在学中、実母の逝去に伴い裏方に転向、舞台音響家を目指し、元日本音響家協会理事・八板賢二郎氏に師事。

ANBテレビ朝日報道局報道取材部アルバイトを経て正社員。制作助手、ENG機材営業を経て社員ディレクター第1号。後、作曲家筒美京平氏の従弟が経営する日本ビクター傘下の映像制作会社勤務。
「早見 優のアメリカンキッズ」他千葉テレビ情報生番組「MOONラビット」総合企画・演出。NTT,Nikon,三共製薬、ロータスジャパン、横浜ゴム、日立、三菱、JVC等東証一部上場企業の産業ビデオ多数演出。

後、映画監督で日本映画監督協会専務理事・後藤幸一氏に師事。河合塾サテライト講座、朝日放送「素敵にドキュメント」「これは知ってナイト」「平成ふしぎ探検隊」他多数演出。
その縁で逸見政孝氏(故人)峰竜太氏、清水由紀子氏(故人)渡辺めぐみ氏らの発起人により、35歳で外国人妻と結婚。

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